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第10話 知りたかった居場所

 玄関を出れば、空には少しどんよりとした雲が見え始めた。春の夕方にしては少し暗くなりつつあって、桜吹雪も灰色が混じったように暗く、寂しさに拍車がかかっている。


「じゃあ小鳥遊君、美夢をよろしくね」


「え? 西園寺さんと一緒に帰るんじゃないの?」


「私はさっき急用ができたから迎えを呼んであるの」


 チラッと視線を門に向ければ、西園寺家のリムジンが止まっていた。いつの間に!


「美夢、そういうわけだから今日はこれで業務終了よ。ゆっくり小鳥遊君と帰ってね」


 そう言いながらなぜか美夢ちゃんの手をぎゅっと握った。


「……! は、はい! お疲れ様でございました!」


「それでは2人ともごきげんよう」


 小首をかしげて不思議がっていたが何かに気付いたようにハッとして、少し頬を赤く染めた後に西園寺さんを送り出した。いったい何に気付いたのか、なぜ少し赤くなっているのか…この2人だけで通じ合っているのが少し悔しい。俺も以心伝心したい。


「急用なんて西園寺さんも大変だね。流石ご令嬢」


「そう、ですね。急用なんて、まったく……」


「ん? 何か心当たりが?」


「何もありませんよ! さぁ帰りましょうか……と、言っても急な休みになってしまったので時間はある事ですし……前みたいに昴君の部屋に行ってもいいですか?」


「ふぇ! わたくしの部屋ですか!?」


 驚きのあまり、つい一人称がおかしくなってしまった。


 でも5年前までは引っ越す前の部屋にはしょっちゅう来てくれていたし、なんなら来てほしいとは思っている。それに、俺にそう提案した時に美夢ちゃんは恥ずかしそうにしながらも、期待の眼差しを向けてくれたんだ。


 断る理由などない。


「べつに大丈夫、だよ……たぶん」


 それはそれとして不安である。家は母のおかげで綺麗だ。物も整理されているし、掃除もよくしている。でも俺の部屋かぁ……。おぼろげな記憶の中ではおそらく、見られたらまずい物はなかった……はず。ダメだ、自信がない。


「心の声が漏れちゃってますね。でも行ってもいいんですね! 前みたいに行ってみたかったんですよね! フフフッ、じゃあ決まりです!」


 急な展開だが、俺の部屋に行くことも確定してしまった。でも、部屋に行けると喜んでいる彼女の顔が見れたので、そんな不安は安いものだ。


「そんなに部屋を見られるのが不安なんですか? まさか……! いかがわしい系の──」


「ないです! その点は安心してください!」


 急に何を言い出すかと思えば。こんな冗談を言うくらいだから、俺が思っている以上に楽しみなのだろ。ノリノリだ。


 こうなったら俺も『とある提案』をしよう。いい機会だし、ずっと気になっていた謎の1つを訊くにはちょうどいい。


「じゃあ俺からも、お願いしてもいい?」


「なんでしょう?私にできることならなんでも」


「そんな大それたことじゃないけど……美夢ちゃんの部屋にもいっていいかな?」


「私の部屋…! フフン! 勿論いいですよ!!」


 俺の願いを聞いた瞬間に表情をパァーと明るくさせた。もう太陽よりも眩しいくらいの笑顔。よっぽど見てほしかったのか、待ってましたと言わんばかり。


 しかしこれは大きな一歩だ。

 だって彼女の、今の居場所を知ることができるのだから。



「やったー! ありがとう! 前はほら1回も行ったことがなかったから」


「あの頃とは事情が違いますからね。いつでも来てほしいくらいに問題なしです。風香お嬢様やご両親は何度かいらっしゃったことがありますので、安心してください」


「そっか。行きたかったから歓迎されてるみたいでよかったよ!」


「前は私だけが昴君の家にお邪魔してしまっていたので、少し寂しかったんですよね。だからこそ、この機会を逃すわけにはいかないのです! それに私の家を知っていてくれれば、いざという時には昴君が駆けつけてもらえるようにしたいので」


「任せてよ! いつでも行きます!! まぁ特にこれといってできることはないけどさ……」


「まったく、変なところで謙遜しないでください。昴君には色々してもらって……今だって本当に助かってるんですからね。無自覚でもいいので、そのままでいてください」



 無自覚な今の状態でも、助けになれている。そう言ってくれただけでも嬉しくて、照れくさくて胸の中が熱くなってしまった。彼女をこんな魅力的な表情にできているのだ。そのままでいるのが一番彼女に対して誠実な姿なのだと思うので、引き続きこの姿勢のままでいられるようにしよう。



「というか女の子の部屋を見たいなんて……昴君は……」


「全く下心もいかがわしい気持ちもないよ! 信じてください!!」


「冗談ですよ。そういう私は……フフ、秘密です」



 いたずらっぽく笑う彼女に今日も今日とて翻弄されるのであった。でもその時間が楽しくて幸せで、最高なのだ。相変わらずドキドキするけどね。


 彼女と一緒に下校するのも、当然ながら5年ぶりである。


 景色こそ違うけど、あの頃と同じく隣に並んで俺の家に向かって一緒に帰っている。嬉しいと同時に、少し感慨深い。また彼女の隣を歩いている。ずっと望んでいた景色が、いま実現しているのだ。


 チラッと彼女に視線を向ければ、相変わらず楽しそうに微笑んでいる。足取り軽く、スキップでもするかのように軽やかだ。華麗だ。



「どうかしましたか?」


「いやー凄く楽しそうだなぁ、と思って」


「そりゃそうですよ。昴君と一緒に帰るのは5年ぶりですからね! どうですか、あの頃みたいに手を繋いで仲良しこよしで帰るのは?」


「ちょっとそれは恥ずかしいからやめておこうかな」


「べ、別に私は恥ずかしくなんかありませんよ! 気のせいです!」


「まだ何も言ってないよぁー!」



 恥ずかしないとは言っているけど、この少し薄暗くなってきた中でもわかるくらいに明らかに頬が赤い。まだ何も言ってないのに先読みして『気のせい』なんていう辺り、もう完全に照れている。自分からグイグイ来るのにこの反応はズルい。


 そういえばあの頃は手を繋いで帰ったなぁ…。どっちからしたとかは覚えてないけど、手を繋いでいる時はいつも嬉しそうにしてたな。今でもあの時の温もりと感触ははっきりと覚えている。まずい、意識したら手が熱くなってきた。



「私としたことが、佐々木会長と加賀美副会長の甘ったるいじゃれあいに影響されてしまいましたね。あの2人のように公然の場でいちゃつくのは良くありません」


「凄い人たちだったね。めっちゃ人前でイチャイチャしてたけど。ああいう恋人の形もあるよねー」


「あの2人、付き合ってませんよ」


「…あれで?! あんなにくっついたり、赤面したり、距離近かったのに?!」



 佐々木先輩の方は怒ってたけど完全に照れ隠しのような感じだったし、加賀美先輩はすごく楽しそうであり穏やかな表情をしていたし…完全にバカップル系だと思ってた。付き合ってないんだ……あの表情で。


「あれで、です。まぁある意味では、こじれているといいますか……そのうちに進展するんじゃないでしょうか。あんな感じでじゃれあってましたけど、どちらも文武両道な上に何事にも迅速に対応するので、先生からも生徒からも人望が厚いんですよね」


「はぇーそうなんだ」


 しっかりする所はしっかりする、流石生徒会長と副会長。カッコイイ!


「そうでないとあのいちゃつきは許されませんよ。2学年違うのでほぼ生徒会関係でしか会いませんが……あれをいつも見せられると覚悟しておいてください」


「生徒会とか上級生に対して、想像していた覚悟となんか違う……。ていうか、いつもなの? 美夢ちゃんは前から知ってる人たちだったの?」


「去年、お嬢様の特別体験入学的なものに付き添って何度か学校に入っていまして、その時に知り合いましたね。あの2人はその時から何も変わってませんよ。付き合いが長い先輩方に聞いても『あぁ……小っちゃい頃からいつもあんな感じだよ! 生徒会に入るなら、いつも見る覚悟はしておいてね』と言われてしまいました。こじらせてますね……」


「こじらせてるねぇー」


 その引継ぎイヤだな。どんだけ目立ってたんだあの2人。まぁ校内でいつもあんなバカップルみたいにしてればいやでも目立つけどさ。


 でもまぁ──。


(こじらせてる理由もわかるよ……言えないよねぇ)


 勝手ながらも、少しだけ親近感を覚える俺であった。 


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