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【旧作】のんびりお茶を飲んでいたいので、元・最強魔王候補の僕が世界を変えることにした  作者: 七割カカオ
勇者の足跡

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第9話 深紅の瞳と凍土竜の極上ヒレステーキ

その瞬間、都の中央広場は、物理的な質量を伴う「黄金の輝き」に塗り潰された。


第七魔王アスモデウスが放ったのは、単なる攻撃魔法ではない。それは地形そのものを再定義し、対象を分子レベルで分解・再構築する極大魔導――『黄金の灰燼(ゴールデン・アッシュ)』。


空気が熱を帯びて発火し、石畳が氷のように溶け始める。マルコシアスは、訪れるであろう「都の消滅」を覚悟し、その場に崩れ落ちた。


「エルちゃん。火力調整、よろしくね?」


ミレイユ(アスモデウス)の悪戯っぽい声が響くと同時に、黄金の奔流が牙を剥いた。だが、その直撃の寸前。


カチリ。


世界から、すべての音が消えた。


いや、音が消えたのではない。エルムの腰の鞘から、わずか数センチ。一寸にも満たない幅だけ、古びた刀を引き抜いた瞬間。そこから放たれた圧倒的な「魔力圧」が、周囲の音波を、そして空間そのものを完全に制圧したのだ。


「…黙れ。一寸も、揺らぐな」


エルムの口から漏れたのは、いつもの穏やかな声ではなかった。それは、地の底から響くような、冷徹で、一点の揺らぎもない絶対者の宣告。


彼の瞳は、澄んだ黒から鮮血のような深紅へと反転し、その背後には漆黒の翼の幻影が、陽炎のように揺らめいている。


エルムは刀を抜かなかった。ただ、抜き放たれた数センチの刀身から漏れ出る「干渉波」を、指先でピアノの鍵盤を叩くかのように精密に操作した。


都を飲み込もうとしていた黄金の奔流(ほんりゅう)が、エルムの魔圧に触れた瞬間、まるで目に見えないレンズを通ったかのように屈折した。


広範囲を焼き尽くすはずだった光は、一本の鋭い「針」へと収束し、凄まじい速度で巨大な魔導ヒーターの基部――その核となる魔力炉だけをピンポイントで貫いた。


直後、爆音さえも抑え込まれた「ズン」という鈍い衝撃が大地を揺らした。


黄金の光が霧散し、舞い上がった土煙が静かに沈下していく。


中央広場にそびえ立っていた魔導ヒーターは、外装こそ無傷に見えたが、その中枢である動力源は完全に沈黙し、冷却された真鍮の巨体から力なく黒煙が上がっていた。


「発動後の魔法を加工したのか?!」


エターナが呆然と呟いた。


彼女が驚いたのは、ヒーターが壊されたことではない。いとも簡単に魔法の原則を覆してしまった、エルムの理解を超えた行動にである。


それまで街を支配していた、あの不快な「ゴーッ」という重低音。


雪を溶かし、視界を歪ませていた湿った熱気。それらが、エルムの抜刀と同時に、魔法のように消え去っていた。


代わって訪れたのは、耳が痛くなるほどの圧倒的な静寂。空から降る魔法の雪が、再び本来の役割を取り戻し、街のあらゆる音を吸い込み始めたのだ。


溶けかかった泥水は瞬時に凍りつき、その上を清廉な新雪が薄く覆っていく。蒸気が晴れた夜空には、魔力を帯びた雪の粒子が星屑のように反射し、都を幻想的な青白い光で照らし出していた。


「ああ。閣下が、本当にお望みだったのは…」


マルコシアスは、白銀に包まれた広場を見渡し、膝をついた。


効率のために音を立て、熱を生むことが閣下の望みだと思っていた。だが、今、この肺が凍るような静寂と美しさを目の当たりにして、彼は初めて自分の間違いを悟った。


この「静寂」こそが、魔王サタンが、そして多くの人々が愛した都の真の姿であったのだと。


だが、その美しい静寂の中で、エターナだけは別の衝撃に震えていた。


刀を収め、背を向けて立つエルム。その背中から放たれる気配は、先ほどまでの「お茶好きの青年」のそれではない。


それは、弱者を慈しむ心すら持たない、冷酷なまでに洗練された「上位種」の威圧。


彼女の誇り高いエルフの魂が、かつてないほど激しく警鐘を鳴らし、同時に、その圧倒的な「格」に当てられ、不覚にも鼓動を狂わされていた。


「くふふっ。お見事! 完璧な調律(チューニング)ね、エルちゃん」


静寂を取り戻した広場にミレイユの軽やかな笑い声が響いた。 彼女は優雅に歩み寄り、いまだに深紅の瞳を宿しているエルムの頭を、子供をあやすように撫でようとした。


エルムはその手を、感情の欠落した瞳で見つめ、わずかに身を引いた。


「驚いた? エターナちゃんに、ベルちゃん」


ミレイユは二人の硬直した様子を見て、楽しそうに首を傾げた。


「実はエルちゃん、魔族なのよ。それも、ちょっとばかり血の気が多い、特別なね」


「…魔族?」


エターナが、(かす)れた声で問い返す。


「そう。エルちゃんがあんなにお茶バカなのも、実は魔力で鎮静効果を付与したお茶を飲むことで、魔族特有の攻撃性を鎮めるためなの。


気付いていたかもしれないけど、エルちゃんが淹れるお茶を飲むと、気持ちが落ち着くでしょ?


子供の頃からエルちゃんのお母様から叩き込まれてたんだけど、エルちゃん、純粋にお茶の奥深さに魅了されちゃって、今じゃお茶マニアになっちゃった。超ウケるでしょ?」


「…お茶で、本能を、抑えている…?」


エターナは、エルムがいつも穏やかに笑い、お湯の温度を気にしていた姿を思い出した。


(あれは趣味などという生易しいものではなかったのか。彼は、自分という「怪物」を檻に閉じ込め、周囲に害をなさないように、あの琥珀色の液体で自分自身を抑え続けてきたというのか)


いや、でもおかしい。魔族というだけではあの規格外の力は説明がつかない。


エターナは、冷ややかにエルムを見つめた。たとえ高位の魔族であっても、ミレイユの極大魔法を「調律」するなどという真似は不可能だ。


魔法の法則を書き換え、支配するあの力は、種族の壁を超えた、もっと根源的な…


「エルム。お前、本当は…」


問いかけようとしたエターナの言葉を、エルムの変貌した「声」が遮った。


「…マルコ」


低く、冷たく、耳元で氷が割れるような声。


エルムはゆっくりと振り返った。その顔色はいつになく青白く、呼吸は短く、鋭い。彼の瞳には、まだ消え残った深紅の光が、飢えた獣の残り火のように宿っていた。


「は、はいっ! 何でしょうか、エルム殿!」


マルコシアスは、その気配のあまりの変貌に、本能的な恐怖で身を竦ませた。


「この街で一番、おいしい肉が食べられる店を、教えてくれないかな」


エルムは言葉を区切るたびに、喉の奥を鳴らすように息を吐く。


その目は、いつものような「探求者」の目ではなかった。獲物を、資源を、ただ物理的に摂取しようとする、純粋な飢餓に塗り潰されていた。


「今は、お茶よりも食事がしたい。肉を、食べたい…」


エルムの手が、小刻みに震えている。それは恐怖ではなく、自らを縛っていた鎖を食いちぎった本能を、必死に押さえ込もうとしている証だった。


エターナが思わずその名を呼ぼうとした時、エルムの視線がふわりと彼女を捉えた。


だが、そこにいつもの柔らかな陽だまりのような温かさは微塵もない。


冷徹で、獲物を品定めするような深紅の双眸。


その視線に真っ向から射抜かれた瞬間、エターナは全身の血が逆流するような衝撃を受け、呼吸を忘れた。


(なによ…その目は…)


恐怖。それ以上に、自分よりも遥か高みに立つ圧倒的な「強者」を突きつけられたことへの、抗いようのない高揚。


エターナの心臓は、痛みを感じるほど激しく、その存在を主張し始めていた。


「わ、分かりました! 静寂の復活を祝して、本日は私の奢りだ! 街中の肉を買い占めろ! 宴の準備だ!!」


マルコシアスが叫ぶ。それは恐怖を振り払うための虚勢でもあったが、都に静寂を取り戻したエルムへの、彼なりの最大の謝辞でもあった。



都を覆う不快な熱気は完全に消え去り、凛とした冷気が街を包み込む。


中央広場には、マルコシアスの号令によって街中の料理人が駆り出され、即席の巨大鉄板が何十枚と並べられた。


ジュジュジュッーーー!!


再び訪れた静寂を切り裂くように、肉を焼く音が響き渡る。


鉄板の上に叩きつけられたのは、この地方の特産である『極北凍土竜(フローズン・ドラゴン)』のヒレ肉。


厚さ五センチを優に超える肉の塊が、立ち上る炎の中で躍動する。


「…いい香りだ」


エルムの喉が小さく鳴った。


強火で一気に表面を焼き固められた肉からは、透き通った黄金色の脂が溢れ出し、鉄板の上で弾ける。


岩塩と、この街で収穫された複数の香草をミックスしたスパイスの香りが、雪の冷気と混ざり合って広場全体を包み込む。


焼き上がった肉にナイフを入れれば、中は完璧なローズピンク。溢れ出す肉汁は、皿の上でソースと絡み合い、官能的なまでに輝いていた。


エルムは無言で、ゆっくりと肉を口へと運んでゆく。


フォークで刺した肉を噛み締めるたびに旨味が脳を突き抜ける。凍土竜の肉特有の、しっかりとした弾力と、口の中でさらりと溶ける極上の脂。


「マルコ。この肉、最高だね」


エルムの口端に、わずかに肉汁が滴る。いつもの温厚な所作はどこへやら、彼は流麗かつ容赦のない動きで、次々と運ばれてくる竜肉を平らげていく。


街の人々もまた、戻ってきた美しい雪を眺めながら、熱々の肉に(かじ)り付いた。冷えた空気が、肉の熱さと旨味をより一層引き立てる。


それは、数時間前まで「地獄のサウナ」だった場所とは思えない、豊穣な「静寂の宴」だった。


(…本当、なんなの、あいつ!)


エターナは、ステーキを口に運びながら、遠くで淡々と肉を喰らうエルムを見つめた。


肉の脂で少し艶めいた彼の唇。そして、満足げに細められた、まだわずかに紅い瞳。


不覚にも、その姿に「見惚れて」しまっている自分を隠すように、彼女は勢いよく肉を噛み切った。


宴が最高潮に達する中、ミレイユは満足げに頷くと、自らの魔法馬車へと足を向けた。


「さて、私は行くわね。魔王たちの中に、ちょっと困った悪巧みをしてる奴がいるみたいで。観光ついでに調べなきゃいけないの」


彼女は馬車の窓から顔を出し、エルムを(まも)るように立つエターナを一瞥した。


「エターナちゃん、エルちゃん。サタンに会いなさい」


ミレイユの表情から、遊び心が消えた。


「サタンが纏っているのは、冷酷な支配者の鎧じゃないわ。あれは、誰の言葉も届かない場所に自分を閉じ込めるための暗い部屋よ。あの魔王の鎧を壊してあげてちょうだい。


今度は一緒にお茶でも飲みましょうね。またね~」


それだけ言い残すと、黄金の馬車は再び夜空へと駆け上がった。


残されたのは、白銀の静寂が戻った都と、淡々と肉を喰らい続けるエルムの背中。


エターナは、雪の上に落ちた自分の影を見つめ、そっと胸に手を当てた。まだ、心臓の音がうるさい。


エルムの放ったあの冷たい風が、彼女の誇り高い魂を、今も激しく揺さぶり続けていた。

第9話をお読みいただき、ありがとうございました!


これまでの穏やかなお茶の時間から一転、エルムの「底知れぬ力」と「魔族の本能」が垣間見える、シリーズの転換点となる回でした。


第8話と連続で読んでもらいたかったので、いつもより早く書き上げました!


ミレイユのド派手な極大魔法を、わずか数センチの抜刀で「調律(加工)」してしまうエルム。


今回こだわったのは、エルムが力を使う際の「静かさ」です。最小限の動きで世界の法則をねじ伏せる。そんな上位種としての圧倒的な格好良さを感じていただけたでしょうか。


また、ミレイユによって明かされた「お茶を飲む理由」。


単なる趣味だと思われていたお茶が、実は自分の中の「怪物」を抑え込むための鎖だった…。


そんな重い背景がありつつも、結局は「純粋にお茶が好きすぎる男」になってしまったのが、彼らしい救いでもあります。


今回、エターナが不覚にもエルムに胸キュンしてしまうシーンも描きました。圧倒的な強者だと突きつけられた時の高揚、畏怖から生まれる、抗い難い魅力。


そして後半は、マルコの奢りによる「肉テロ」宴会! 凍土竜の分厚いステーキを、冷えた空気の中で頬張る。


雪の都ならではの美食シーンで、書いている私が肉を食べたくなってしまいました笑


では、いつもよりちょっと豪華なお肉を頬張りながら、もしくはお気に入りのお茶を片手に、第10話もお楽しみください!

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