56話・あなたのおかげ
「サーラは何故、そんなことを聞くんだ?」
「それは……、あんなに綺麗な女性に言い寄られたら、ノアールだって多少は──」
「俺はさ、さっきも言ったけど、興味ないって言ったよ」
彼が一人称で自分のことを「俺」と、言う場合は、相手に気を許している時が多いが、それとは別に感情が理性を上回った時にも出ることがあった。今、彼は強く否定した。本気で緑青のことを嫌がっているのだ。いくら親しくなってきたとはいえ、異性のことは踏み込み過ぎたようだと、自己嫌悪に陥りたくなった。
「サーラ。きみは緑青のことを気にしているようだけど、それって俺のことを少しは気にしてくれていると己惚れても良いのかな?」
「……!」
ノアールが身を屈めて聞いてくる。彼の整った顔がすぐ目の前にあってドキッとした。これって、ひょっとしなくてもひょっとしたりする?
「俺はサーラのことが気になって仕方ないけど、きみはどう?」
「わ、わたしもノアールさんのこと、だいぶ気になっています」
彼からの追及に口調が堅くなってしまい、ノアールが指摘してきた。
「また、ノアールさんに戻っているよ」
「だって、恥ずかし過ぎて……」
「サーラは可愛いな。真っ赤になっちゃって、茹蛸みたいだ」
「もう。からかわないでノアール」
ノアールから名前呼びをして欲しいと言われてから、二人の関係が変わってきたような気がする。
「ノアールは、いつから私のことを?」
「そうだな。きみと初めて会った時からかな。ボーモン子爵令嬢の結婚式の晩。披露宴会場で、きびきびと働くきみに惹きつけられた」
ボーモン子爵令嬢の結婚式と言えば、私の初めて恋した相手と、私が仕えていたお嬢さまとの結婚式があった日だ。父を亡くし、母親と思っていた人には疎まれていた。ようやく掴んだ幸せは、お嬢さまと言う横やりが入ったことであっさり消えた。
この世に生きている意味なんて無くなってしまったように思えて、披露宴会場で仕事を終えた後、死のうとしたのだ。それを阻止したのがノアールで、いまの私は彼のおかげで生きている。




