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57話・『最終話』・覚悟の上です


「きみは?」

「私も同じよ。あの日、私がある貴族に絡まれていたのを、さりげなく助けてくれた時からあなたのことが気になっていた。でも、あの時は死にゆく私が、そんな感情を持ってはいけないような気がしていたの」


 彼に惹かれる気持ちに目を向けないようにしていた。失恋したばかりの自分が、こうもあっさり他の異性に惹かれるなんて。私と付き合いながらお嬢さまに目移りした元彼のフィエロのことを、非難できないと思っていた。

 でも、ノアールは自分にとって素敵な男性すぎて、どんなに距離を置こうとしても、惹かれる気持ちは抑えきれなかった。


「俺はきみの心が落ち着くまで待つつもりだった。でも、それってもう待たなくても良いってことかな?」

「……たぶん」


 ノアールが私を見つめていた。彼と目が合うとそわそわしてきて気持ちが落ち着かない。何だろう? 自分の気持ちは自分がよく分かっているはずなのに、照れ臭く思われてうまく言えない。初恋ではないはずなのに、元彼の時よりも緊張する。


「じゃあ、付き合おうか?」

「えっ? あ、はい」


 さらりと言われた言葉は軽すぎた。一瞬戸惑ったが気持ちに素直になることにした。ノアールは破顔した。とびきりの笑顔に思えた。


「じゃあ、さっそくアコダに報告して一発殴られるか」

「ええ。それはちょっと……」

「冗談だよ」


 そう言いながらも数時間後、彼はアコダと取っ組み合いの喧嘩をすることになる。そしてその騒ぎを聞きつけたのか、女王陛下から王宮に招かれることになり、変な汗をかきながら登城する羽目になるなんてこの時点で私は想像すらしていなかった。

 普段落ち着き払っているノアールは、浮かれているようだ。


「さあ、お姫さま。お手をどうぞ」

「はい」


 焼き立てパンの入った紙袋を片手で持ち、反対側の手を差し出されて私は迷わず掴んだ。その先に何があろうとも、彼と一緒ならば乗り越えていけそうな気がする。この手の温かさに救われながら。


「俺は一途だから覚悟してね」


ちょっと物騒な言葉を吐かれたが、許容範囲内だ。カルロッタからは竜人男性について色々と聞かされていた。彼女は私がノアールと付き合うことになる可能性も見越して教えてくれたような気がする。


「覚悟の上です」


 そう答えれば、ノアールは満足そうに微笑んだ。その彼の表情はアイオライト公爵に似ていた。やはり父子なのだと思う。竜人と人間の間に生まれた彼と、竜人と人魚の間に生まれた私。今後どのような付き合いになっていくかまだ先は見えないけれど、彼なら誠実な態度を取ってくれると信じている。

胸が温かな想いで満たされていく。ふと、見上げれば雲一つない青い空がどこまでも続いていた。それは嵐の前の静けさのような穏やかな一時だった。




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