他人の視線
もうどこから突っ込めばいいのかわからないレベルに混沌と化しているこの場はこのドギツイ二人の関西弁によってさらにカオスになっている。とりあえずこのおじいちゃんに招かれ、交差点の影の方に行く。
だいたいこういう系の人には話しかけない方がいいんじゃないの?義務教育が体に染みついている僕は少し体が竦む。
それでも進んでいけるのはマスターの風貌がここらの誰よりも厳つく、そんな人と一緒に歩いているというだけで勝手に自信もっているからという大変ダサい理由だ。
「はい、りっちゃん、聞いてみ」
「えっ、…いや、え、でもマスターさすがに…ヒィッ。……どうして、そんなにたのしそう、なんですか…。恥ずかしくない…んですか…。」
「恥ずかしいっちゅうんは、おっちゃんがここでギター弾いとることがけ?」
「あ、いや、え、えと、えと…いや、あの、」
やばい絶対地雷踏んだ。マスター!だからさすがにやばいって言ったじゃん!マスターから鋭い視線を感じたから勢いで言ったけどさ!?心の中で僕があたふたしているそばで突如豪快な笑い声が聞こえた。
「ハハハハハ!!そらそうやわなあ。若者からしたら恥ずかしいように見えとんのかあ、ハハハ正直でええこっちゃ!!」
「…へ?」
「なんで恥ずかしくないかかぁ。そうやなあ、おっちゃん周りの目とかあんまし興味ないねん。誰からどう思われとるかとか、別になんて思われとってもかまわんから恥ずかしないんやと思うわ」
地雷を踏んでいなかったことに安堵するよりも先に、大きなはてなマークが僕の頭上に一つ浮かぶ。
周りの目が興味ない…?
僕とは正反対だ。僕は自分の意見や感情よりも、周りの目線を優先してしまう。
芸能人にしろ、こういうところで弾き語りをしている人にしろ、ああいう人たちは頭のねじが1,2本外れてるんだろうと思ってたけどやっぱりそうだった。人の目線が気にならないなんて頭おかしいでしょ。
おかしすぎる。この窮屈な日本の空気の中で生きてきてどうすればそんな考え方になるのか。
…でも同時に羨ましい。周りの目を気にしないようになればもっと楽になる気がする。こんな暑いところで音楽をしたいとまでは思わないけど、もう少し人の目を気にせず生きられたら…。
「どうして人の目線が…気にならないんですか…?」
「んーわしももともとごっつう人の目ぇ気にするタイプでな。ある時になんかよぅわからんおっさんに言われた言葉、伝授したるわ。…考え方を変えるねん。んで自分ができることは何なんか考えるねん。」
ついに頭の中まではてなマークで溢れかえった。隣のゆりも同じような顔をしていた。
ただ一人だけ、マスターだけはとても真剣に、穏やかな表情をしていた。
「例えば、あんたがここで弾き語りするとするやろ?そん時、周りがどう思うか気になって恥ずかしなるとする。『あそこのカワイ子ちゃんにダサい思われたらどうしよう』『知り合いに見られてかっこ悪い思われたらどうしよう』ってな。そん時に自分にこう聞くねん。『これは自分の問題なんか?』って。…じゃああそこの、あのカワイ子ちゃんがわしらが今、ここで話してるのを見て気色悪いなぁ思うてるかどうかってアンタわかる?」
「…わからない、です。」
「そりゃそうやわな。誰にも他人の心の中は読まれへんもん。アンタはその隣のイケメンくんが何を思っているかも、この厳ついのが何を考えてるかも、わしがどう思ってるかもわからへん。もちろんわしもアンタの心の中なんかどれだけ考えても、寄り添うことはできても、一生分かりはせん。」
「…はい。」
「じゃあ次に質問や。人生って何週間か知っとる?」
「…どうだろう…5万とか?」
一体、何の話をされているのかわからない。自分の問題?心の中?人生何週間?それぞれのトピックが点と点でつながらない。
なのにどうしてかこの人の話しぶりには惹きつけられた。身振り手振りで伝えようとするその姿は僕が持っていない自信にあふれているからだ。もう60にもなりそうな日焼けした肌のやせ細ったおじいちゃんのはずなのに、僕よりも自信と熱意に溢れていて、とてもパワフルだった。
僕が持っていないものをすべて持っているような気がして、暑い中僕は周りの音が聞こえないほどに集中していた。




