飴細工
…なんかすごい人は言うこともすごいな。はは…。
「俺ぁ、りっちゃんがとっとと歌で有名になってくれんかなあ思うてんねんけどなあ」
「えマスターそうですよねえ!?俺もですよ!!もうけど、マジ律ひねくれだし、自信の欠片も持ってねえし、まじ…はあ…なんなんお前!!もう、意味わかんねえええええええ」
「…うん、ちょっとわかったから水飲もうか。」
酔うと黒い部分が口調から表情からドバドバ出てくるゆり。そんなに飲んでたっけと思い、ゆりの方を見ると空きグラスが3,4本とおちょこが2つ。僕がテレビに集中してる間に隣のゆりはばかすか飲んでいたらしい。なんでこいつこんな飲んでんの?まあ明日は休みだからいいけど。僕は本当にお酒が飲めないタイプだけどゆりも別に強い側ではない。
マスターからお冷をいただいてゆりに渡す。酒と勘違いしているのか「ぷはあ!」と風呂上がりの一杯目のビールかのようにおいしそうに飲む。
「マスター、僕も…ハイボール」
「おーめっずらしいな」
「…はあなんかそんな気分なんすよ」
「20,21の頃のお前とは似ても似つかねえ雰囲気になってんなこの野郎」
「僕だってもう28ですからね」
そういうことを言ってんじゃねえよ、と少し笑うマスターからハイボールを受け取る。
最近は酒を飲まない男を巷で“カシス男子”と揶揄しているようだが、もう何でもかんでも名前を付けるのやめね?しょーもねえ。別に好きでもないハイボールを一口グビッと胃に入れる。こんな苦い飲み物の何がおいしいのかも、なんのために飲むのかもわからないがとにかく胃に入れまくる。
胃がボンボンしてくるこの感覚は、自分がお酒を飲んでいることを内側から知れるから嫌いじゃない。
「なあ、りっちゃん」
「…なぁんですか。」
「俺ぁ、りっちゃんが何かしたいことあるんやったら何でも協力するからな。それだけは絶対覚えとけよ。」
「…そんなん、もうむりっすよ、だって僕もう28っすよ、にじゅーーはち。」
「そんなんゆうたら俺はこの店40で始めてんねん」
「………」
やめてほしい。もう僕は28なのに。この世では活躍している20代前半がどんどん出てきて、そんな人を見るたびに、ああ僕はもう手遅れなんだなと感じているのに。こんなこと考えたら飴細工が溶けてしまうだろ。
わからない、けど、心の奥がズクズクなっているのが微かに聞こえるんだ。こんな音、無視したい。聞こえていないふりをしたい。考えてしまうと、また劣等感にさいなまれることになる。理想と現実とのギャップに泣くのはもう懲り懲りなのに。
『やらない理由なんて探せばいくつでもでてきます。そんな中“自分はこれが楽しいんだ”っていう唯一の“やる理由”を自分の心の中で見つけてもらえるように歌っていきます。』
そんなことわかってる。僕がずっとやらない理由を探しているだけだって。やらない理由を並べ立ててどうにかこうにか心が動かないようにしているんだって。だって、心が動くと、しんどいから。疲れるから。楽しい嬉しいだけならよかった。でも心の柔らかい部分が露呈すると、同時に悲しい、つらいも出てくるんだ。小さなことで一喜一憂するようになる。もうそんなの疲れるんだ。自分には何もないことを知るのはつらい。
僕からなにもかもなくなったあの日。もうあんな思いはしたくないから、あれから僕は悲しいつらいを避けるようになった。すると必然的に楽しいうれしいも避けるようになったんだ。期待するから幻滅する。あんなしんどい思いをするくらいなら、僕から楽しい感情は排除してもいい、そう思えるほどなんだって。
だから大人はみんな「仕事は仕事。好きなことを仕事にしたってろくなことにならない」って言うんでしょ?変に期待して現実を知った時につらくならないための予防線だろあんなの。「金持ちは楽して金稼いでていいよな」って。
こんなのあたかも自分は汗水たらして毎朝6時に起きて仕事してるのに金持ちはそうじゃないとでも言いたげな言い草。自分たちにお金が無いのは自分の責任ではないとでも言いたげな言い草。
自分たちに能力がないことを知りたくないから、自分たちが馬鹿で能無しなのを知りたくないからそうやって金持ちを馬鹿にすることでなんとか心を保ってるんだろ。
いつだって自分ではなく他人に責任を押し付ける。
でもそんなものじゃん。人間はそんなに強くないでしょ?弱いのに強いように振舞っているだけでしょ?
僕にはみんなが強がっているようにしか見えない。楽しいことが楽しいままなわけないじゃん。ワクワクがワクワクだけなわけないじゃん。すぐ後ろに本音が見え隠れしてるんだよ。
でも悲しいことは悲しいままなんだよ。つらいことはつらいままなんだよ。どんなに考え方を変えようと、視点を変えようと「つらいと感じたこと」は変わらない。そしてそれはずっと消えない。
なのにどうしてそんなに頑張れる?どうしてそんなに感情をあらわにできる?
僕はもう嫌だから心をガードしてるんだ。言い訳ばっかりしてどうにかこうにか自分が期待しないようにしてるんだ。
なのに、音が聞こえるんだ。コーティングが剥がれたそうにしている音がする。そしてその音はどんどん大きくなっているんだ。
ゆりやマスター、Hirumaの言葉が響いていなわけがない。それら全部が僕のガードをはがそうとする。
ガードの中にいる僕は素っ裸で、弱っちくて、毎日笑って、毎日泣いている。そんな僕、大人なんかじゃない。大人って自分の感情を理性で制止するんでしょ?仕事だからって割り切れるんでしょ?ガードが剥がれたら僕は、もっともっと弱くなるのに。なのにみんながはがそうとしてくるんだ。
そしてそれを僕の心が一番に望んでいるんだ。




