中毒
僕の世界から色がなくなったあの日。
まるで自分だけが今を生きていないかのような、自分が自分じゃないかのような離人感がずっと僕を付き纏ってきた。そんな僕の世界に少しだけ色をもたらしてくれたもの。
四方八方から伸びてくる糸が複雑に絡み合って真ん中にできた糸の塊。それは一度絡まれば簡単には解けない。それぞれが外に力を付ければ付けるほどに硬くなっていく塊。
塊は1人ではなく2人、3人と仲間が増えるほどに大きく硬く頑丈になっていく。その大きさと硬さは決して一人では作れないもの。
それが“バンド”だ。
いつから憧れているかなんてもう覚えていない。
もう生まれてきてからずっと僕は音楽の虜でバンドの虜。“憧れ”というものの引力はとても強くて、バンドを好きになってから、僕もバンドを組みたいと思うにはさほど時間はかからなかった。あの確固たる絆から生まれる音楽を僕も作りたいと思ったんだ。
でも、でもいつしか僕はこの世界にはついていけなくなって、周りには誰もいなくなっていた。僕が誰なのか、どれが僕なのか分からなくて、今を生きられなくて、どれが真実で、何を信じて、どこに向かって生きていけばいいのか分からなくなっていた。
学生時代、文化祭で曲を披露して盛り上げている友人を見て、悔しいと思った。僕だって、いや、僕の方がバンドを好きなのにって。
でも同時に好きだけじゃどうにもならないことを知った。彼らは僕が今を生きていない間に必死に今を生きていて、たとえ僕の歌やギターの演奏技術の方が秀でていても、僕と彼らの距離は客席とステージという大きな差があるんだ。
僕にステージに上がる勇気も、ギターを買ったのに軽音部には入る勇気もないことが何よりもそれを決定づける証拠だった。
2万円の初心者セットに入っていた赤いギターと小さいアンプを繋ぎ、騒音にならないようにイヤホンをつけてひっそりと毎日家で弾いていた。
指先の皮が剥けて、痛くて、音も綺麗に鳴らなくて、悔しいのに、楽しくて、指に絆創膏を貼ってギターを弾いていた。どんどん硬くなっていく左手の指先を授業中に触っては自分が憧れのギターを弾いていることを実感していた。
声が出なくなってから歌を歌わないようにして丸5年以上が経った高校2年生のある日。いつものように家でギターを弾いているとたまたま仕事が休みだったお母さんが突然部屋に入ってきてこう言ったんだ。その日はいつもより調子が良くてノリノリで弾いていた覚えがある。
「律、お歌、やっぱり上手ね」
そのお母さんの発言と優しい眼差しから僕が今歌を歌っていたことに気が付いたんだ。
それからというものギターを弾くだけではなく歌も歌って弾き語りをするようになった。
でも僕の音楽が届く範囲は家が限界だった。人前で演奏する、ましてや歌を歌うことなんて考えただけでも一時的に僕だけが過去に飛ばされて、震えていた。
そんな僕が20年近く経って、音楽を始めた。趣味なんかじゃない、本気の音楽を。
僕が初めて“自分が感じるもの”を大事にするようになったんだ。
そのおかげで辛い、なんでだ、嫌だ、やめたい。たくさん負の感情が出てきた。押しつぶされそうにもなった。やっぱり流れるままに流されるがままにいる方が楽なんじゃないかなって何度も思った。
二人が僕を抱きしめる
_____どんなに不安に苛まれても、緊張で心臓が潰れそうになっても、
四人で見つめ合う
その先にこんな胸が躍ることがあるのなら、僕は喜んでこの苦しい道を進める。
苦しみの先に、全身の血の流れを猛烈に感じて、声さえでないほどの熱狂が僕の体の中を暴れることを知ってしまった僕は、
もうこの馬鹿馬鹿しい選択の中毒になってしまった。




