本音
嵐が過ぎたかのようにreveは静かになり、僕は耐え切れずに無言で床に散らかったガラスの破片を丁寧に集めた。
それをバイトの藤本さんに捨てる場所を聞いて、なるべく音を立てないようにしてゴミ箱へ捨てた。
「…マスター、すいません…あの、……みなさん、すいませんでした…。」
そして僕はマスター、そしてここにいるお客さんの方を向いて深く頭を下げた。
頭を上げると漸くゆりと目が合う。ゆりが気まずそうに目を逸らすから僕たちの間にはとてつもなく静かで今までにない気まずさが流れていた。
「おい、りっちゃん。そのメモ、電話番号書いとんのけ?」
「そう、です…」
「今すぐ電話せえ」
「え?」
「さっさあこの店連れてけえ言うてんねん!」
「は、はははい。」
初めてマスターに怒鳴られ、生理的に目に涙が浮かぶ。手が尋常じゃないくらいに震えて、ポケットからスマホを出すことさえ時間がかかる。挙句の果てにはスマホを床に落とした。
ゆりの足元にスマホが滑っていく。ゆりはとても悲しそうに微笑んで、僕のスマホを拾って渡してくれた。
「あの…すいません…先ほどお世話になった長谷川と日向です…」
至急彼らを電話で呼ぶと、彼らが来るまでに今までいたお客さんはみな急いでお会計をして帰っていった。
マスターは玄関側の一番端のカウンター席に座っており、僕たち4人ははマスターを取り囲むようにして立っていた。
「おいガキンチョ。」
「ガキだと?」
「あ?」
「……なんでもありません。」
「お前、偉そうに音楽語っとったけどなんかやってたんか?」
「あ、あぁ、音楽はずっとやってるよ。俺は小学生のころからずっとドラムやってる。大学は音大とかじゃないけどドラム自体は今も続けてる。」
「お嬢ちゃんは?」
「私もベースやってます…。私は中学生からですけど、大学も音大行ってて今はここから…30分くらいのところにある音楽教室の講師として働いてます」
「うん、やっぱり。なありっちゃん、ゆっちゃん。」
マスターが僕たちに強い眼差しを向ける。そして少しニヤッとした。マスターの言いたいことがもうわかってしまった。
「こいつら、強いにおいがするぞ。音楽の…それもりっちゃん達、二人にめちゃくちゃ似てる。過去一だ。」
「は?におい?」
「ガキは黙ってろ。なありっちゃんよ、どうすんで?」
どうすんで?なんて聞かれても困る。僕たちは今ちょうど音楽をやめるって話をしてたんだ。もう……おしまいなんだ。
「マスター、ごめんなさ…」
「ごめんなさい!!!」
僕が謝ろうとするとそれ以上に大きな声で誤ったのは隣のゆりだった。マスターに対してではなく、僕に対してゆりは深く頭を下げた。
「ごめん、律。やめようなんて。俺が本当に言いたかったのはそんなことじゃなくて……もし律がやりたくないのに僕のせいで辞められなくなってるのなら今すぐやめよう。でも俺は律と音楽するのが好きで、えっと、…なんて言っていいか分かんないけど…律が楽しいなら、俺は律と一緒に“馬鹿”したいよ。頭おかしくて、何やってんのってあのサラリーマンたちに言われるかもしれないけど、でもその人生の方がきっと今までの人生より遥かに楽しいって思うから。……そして君が言ったことはもっともだったよ。本当にその通りだ。」
こんなゆり見たことなかった。あの完璧なゆりが今、肩を震わせて話している。
あんなにいつも爽やかで自信ありそうなゆりが今、こんなにも弱そうに見える。
あのゆりの中に入ったあの日の記憶はやっぱり正しかったんだ…。ゆりだって完璧じゃない。そして強くもない。
ようやく初めてゆりの人間っぽいところが見た気がする。
「でも…でも!!俺は律と、音楽したいよ!!あの真っ白の部屋の中で二人で…あのおしゃれで、エモい雰囲気の中で誰より音楽やってたあの頃が…眩くて、どうしても忘れられなかった。本当に楽しかったから。うまいとか下手とかそんなの全く関係なくて、とにかくあの音楽を楽しんでいたあの日々を、思い出すと、あの日々がもう一度やってくるかもしれないと思うと、どうしても、どうしても頑張りたくて、…空回りばっかで、全然ダメな俺だけど、俺は誰よりも律の歌声が好きで、優しいギターの音が好きだよ。だから…だからって言うと、変なんだけど……えっと…」
「うん。やろう」
「え?」
「音楽、やろう。仕事なんか辞めて音楽やろう。音楽だけをやろう。」




