におい
「え?だって律バンド組みたかったんでしょ?」
マジでどうしてバレてんだ…。
僕は小さいころから耳を掻っ穿って音楽番組に出る様々なアーティストの曲を聞いていたけれど、その中でも僕の耳に、そして目に残っていたのは、あるバンドだった。
ギター、リードギター、ベース、キーボード、ドラムの5人構成のバンド。
ほとんどのアーティストは一人で歌ったり、大人数で踊っていたりする中で“バンド”だけは自分たちでリアルタイムで曲を奏でて、仲間と笑いながら演奏する。
その姿がどうしても目に焼き付いて離れなかった。
でも人前で歌えなくなったあの日からその夢を一切見ないように封印してきた。なのに、どうしてゆりにはバレてたんだ。それにバンドメンバーなんてどうやって探せばいいんだろう。大体のバンドは学生時代からの仲で…みたいなのが多いはず。それにこんな陰キャな僕に声をかけられても、誰も組みたいと思わないだろ…。
それにまだ僕は人前で歌えないのに…。
「はいはい!!りっちゃん!!暗い顔しない!!解決せなあかん課題はいっぱいあるしこれからもどんどん増えていく!!でももうこの人生楽しむって決めたんやろ?音楽やるって決めたんやろ?やったらもうあんたは一人のアーティストや!そんな暗い顔する時間あるならそれを曲にするねん。そんでその時のために俺らがおるんやろ?ほんでバンドメンバー?増やしたら仲間また増えるやん。そしたらもっとりっちゃんは最強になんで!ほら顔上げぇ!今からするのは過去を振り返ることでも、下を向くことでもない。“じゃあこれからどうするか”それだけや!」
「…はい…!」
それからゆりがどんな感じでSNSを使っていくのかを考えている間に、マスターとどうやってバンドメンバーを増やすかを考えることにした。マスターは店があるにも関わらず、僕たちのこれからの活動にできる限りのサポートはしてくれるそうだった。
「バンドメンバーを集めるのもSNS使えばいいんちゃうかなとも思たけど、全然よお分からん人が来るのもあれやしなあ」
ここが僕たちの最大の壁だった。僕とゆりは学生のころから一緒で、昔から音楽をやっていたけどSNSで収集してしまうと、「なんとなく」で人が来てしまう可能性がある。
これからの話は僕たちの人生をかけた挑戦だ。だからこそ簡単には決められなかった。
「そういえば、マスターってなんで僕たちが音楽やりたいと思ってるって気づいてたんですか?僕なんかゆりが音楽やりたいって思ってることすら気づけなかったのに。」
そうだ。僕だってもちろん一言も言ったことない。そりゃあマスターの前で好きなバンドや歌の話はしてたけど、そんなも日常会話程度で音楽をやりたい人でなくても話すレベルの話題だ。
「なんか、初めて二人が店に来た時に、匂てん。これ感覚の話やから言葉にするん難しいねんけど、“音楽のにおい”がしてん。それも大分強烈やった。今までの客の中でも一番強い音楽のにおいがしてん。ほかにもいろいろおってんけどな。やからもう覚えとらんかもしれへんけど俺初めて来てくれた時にあんたらにサービスしたやろ?なんかこいつらの行く先見たなって、今後もここ通ってもらわなと思てサービスしたんや。」
…もちろんサービスしてくれたのも覚えてる。そのおかげで未だに通ってるんだから。
音楽のにおい…。マスターにこんな感覚があるなんて知らなかった。マスターから聞くところによると音楽だけでなく、花のにおい、本のにおい、ゲームのにおい、いろんなにおいがあるらしい。
僕にはない才能。人を見極める能力。…こんなのバンドメンバーを探すのにうってつけの能力じゃん…。
ということで二人で会議をした結果、マスターの店にポスターと僕たちの音楽を流してマスターに宣伝してもらい、“音楽のにおい”がプンプンする人を僕たちに紹介してもらうことになった。
そしてそのポスターと音楽を作るのが僕担当。
ゆりの方もだいたいSNSの使い方が決まったらしく、これで確実にそれぞれの役割が決まった。あとは実行に移すのみ。早速今日から動画投稿を始めることになり、カフェを出てマスターと分かれてからギターを取りに行った後、ゆりの実家に向かった。これから忙しくなるけれどすごくワクワクしてる。
忙しいのが楽しいなんて初めてだ。




