おっきい桜の木
翌日僕は心因性失声症になった。
声がとにかく出しづらくなった。スースーと息が漏れるような感覚、いわゆる有声音が出せなくなっていた。そんな僕を見たお母さんが心配して僕を病院に連れて行き、脳の疾患は無いかなど様々な検査をした結果、この病気であることが分かった。
不幸中の幸いか、治療中は離婚したお母さんが僕に付きっきりでいてくれたからうつ病などの精神障害は併発することなく治癒できたけれど、今まで歌えていた歌や思い浮かんだメロディが口ずさめないことに何よりストレスを感じていたことで治療は少し長引いた。
そしてなんとか療法を受けながら自然と僕の失声症は回復していった。
しかし声は取り戻せても、僕の心は変わっていた。
僕が歌を歌ったから父さんは怒ったのかなと思うと歌を歌うのが怖くなった。
そして父さんのあの怒鳴り声を思い出すとどうしても声が出しずらくなる感覚が蘇ってくるから自然と心を閉ざすようになった。
自分の歌で両親を元に戻せると勘違いしたからこうなった。
黙って二階の寝室で寝ていればよかった。
どうしてもそう考えてしまうからできる限り自分に期待せず、人前では歌わなくなった。
それでもゆりとマスターが僕の歌声を知っているのはただのアクシデントからだった。
ゆりは僕が大学の帰り、人の通りが一切なくなったのを確認して当時流行っていた曲を小さく口ずさんでいたところをゆりに見つかり、ゆりとマスターの店に飯に行った時にたまたまその日はお酒を飲みたい気分で、多分過去一飲んだ日だったかな。酔いつぶれて店の中をフラフラしながら熱唱していたらしく、当時そこまで仲良くなかったマスターにも偶然聞かれたことから始まった。
そんなマスターもゆりも数回聞いた僕の歌声をここまで褒めてくれてここまで応援してくれてる。二人を見上げる。太陽に照らされた二人はまるで神様みたいに神々しい。そんな二人から手が伸びてくると僕も彼らに手を伸ばし、二人に引っ張られながらゆっくりと立ち上がる。
「やから昨日あないゆうたやろ?りっちゃんがやりたいことあるんやったらなんでも協力したるって。な?」
「……ィッ、はぃっ…っ…、」
「俺も!…律はなんでそんなにしてくれるのって思うかもしれないけど、それだけ律の歌声に…俺たちは惹きつけられたんだよ。歌を歌ってる律は本当に楽しそうだから、何か自分に出来ることはないかなって思っちゃうんだよ。…ね?だから、ちょっとだけ…勇気だしてみようよ…俺たちも一緒だよ。…ってもう…!律がそんなに泣くから、俺も…っ泣けてきたやん…」
「なんでゆっちゃんまで関西弁出てんねん」
「……プッ…ハハハハハハ!!!待って、ハハッムリッ、アハハハハハ!!!」
僕にはこんな頼もしい人がそばにいるんだ。
そうだ。そうだった。
こんな人たちと一緒に何かできればこれ以上心強いことはない。うまくいかないかもしれない。でもうまくいくかもしれない。そんなの分からない。
だったら少ない人生、もう少し楽しんでやろうじゃないか。
心のコーティングが剥がれていく音がする。もうこの音を無視しない。この中にいる僕は小さくて、弱くて、泣き虫だけど、でもどんな僕より笑ってる。僕の中のキラキラはここにあったんだ。泣き虫な僕にはこんなにも頼りがいある二人がついてる。もう何も怖くないじゃん。
「最後にわしが大事にしとる言葉を教えたる。」
___?真っ黒だった僕の世界が色づき始める。
「考え方が変われば、行動が変わる。行動が変われば、未来が変わる。この社会には簡単にうまくいくテクニックや技術が蔓延っとるが大事なんはそんな小手先のテクニックやない。大事なんは考え方や。心や。木の根っこを深く、大きく張るんや。そうすれば大きな大きな桜の木が咲くっちゅうもんや。」
「…はいっ!!!」
「おお!ええ返事や!!ほら!今日を人生変える一日にしいや!」
「はい!!」
交差点を全力疾走で渡る。一人じゃない。今後は3人で。
暑い夏の日。心に熱が戻った日。
僕の人生はリスタートした。




