ゆりの中
ゆりの体温は心地いいくらいの温かさだった。
僕が冷たいのであれば、とても寒い冬の日、水道から出てくる冷水を若干温かく感じるように、きっと彼の温かさも僕が勝手に心地よく感じているだけなのだろう。
人間の肌を久しぶりに感じた。なんだろう、この感じは。体温だけじゃない。胸の奥にムォンと温かさが広がる感覚。その温かさは胸から肩へ、肩から腕へ。同時に目から水が流れる。
このムォンと広がる温かさによって何かが急激に溶かされ、その際に発生した水蒸気がまた涙として出ているようだ。
涙が出ると呼吸もヒッヒッと浅くなる。これにはどんな因果関係があるんだろうか。
どんなに異物や刺激を排出しても、こんな呼吸になっては苦しいじゃないか。
僕より身長が高いゆりの肩に頭を預ける。ゆりは僕を抱きしめる力を少し強めてこう言った。
「...律?...律って俺にどんなイメージあんの?」
「......」
「いいよ、本音でお話しよ」
「......ゆりは、ッ、すごいひと」
「......すごい人?」
「...やさしくて、かしこくッて、あこがれで、...」
「...うん」
「......でも、いつも、ゆり、やさしぃから、くるしくなる」
「...ん、どうして?」
「......なんか、れっとうかん、みたいな」
「...そっかぁ...律は俺をすげぇやつだと思ってたんだな」
「...いまもおもってる」
「ん、そうかそうか」
僕たちの周りを流れる時間の速度が落ちる。彼は僕が言葉に詰まる度に僕の後頭部を撫でながら、まるで愛おしい人と話すかのように優しく甘ったるく話した。
なぜがそんなゆりがとても心地よくて、僕は重力に逆らって腕をゆりの腰に回した。
すると突然ヒュワァッとまるで僕の精神だけがすっぽり抜けたかのような今まで感じたことの無い浮遊感を覚えた。
“なにこれ?”と声を出そうにも、もう声は出せなくなっていた。
ゆっくり目を開けると、そこは僕らが務める会社の中で目の前には丸山さんがいた。
「あ、お疲れ様黒原くん。ここ、確認したら間違ってたみたい!訂正して今日中にまた提出してもらえる?」
目の前の丸山さんは僕を“黒原くん”と呼んだ。
“蒼原です”と言おうとしてもやっぱり声は出なかった。
「お疲れ様です!分かりました!すいません」
「いやいやぁ、優秀な黒原くんでもミスすることあるんだねぇ」
「優秀だなんて...ははは」
僕の意志とは関係なく誰かが受け答えをしている。いいや、誰かではなく...ゆりだ。そして…
“あぁ、またか”




