第四話 敗走
「そういうことでいいんだな」
「クドいぞ、No.013!」
『統治の枢機卿』の叫びをきっかけにして、俺は抜き身のナイフを二本、それぞれ両手に構えた。
エクソシストの正装、黒いオーバーコートに隠し持っていたものだ。
奴が『執行』を使う以上、神罰の類は意味を成さない。
あれはそういうものだ。
「聖女」
「はっ、はいっ!」
「この場だけでいい。自分のことは自分で守れ」
聖女、神に愛されなければ聖女になどなれない。それ相応の、この場をしのぐ程度の力はあるはずだ。
「わかりましたっ」
元気のいい聖女様のへんじを聞いたのち、意識を完全に目の前の男へと移す。
「殺す」
誰に聞かせるでもなく呟き、駆けた。
例え護身用といっても、名工のナイフ。これくらいの戦闘になら易々と耐えてくれるに違いない。
「ハッ!」
瞬時に敵の前まで前進し、斜めに斬りつける。
敵は明らかに反応できていない。おそらく斬られたことにも気づいていないだろう。
そこまで考えて、違和感。
――斬った感触がない。
即座に離脱。地を蹴り、後ろ向きに跳んだ。同時に敵の様子を確認する。
やはり、斬られたことに気づいていないようだ。先ほどと同じ、余裕のある笑みを浮かべている。
だがおかしい。傷がない。俺が今確かに付けたはずの切り傷、それが跡形もなかった。まるで、初めから斬られていないかのように。
安全圏まで下がり切り、息を吐く。
今まで微動だにしなかった敵が、口を開いた。
「ん? 今何かしたか?」
嘲るような視線をこちらに寄越しながらそう言った。
「長いこと機関を離れていたお前は知らないかも知れないがなァ、No.013」
機関、そういったか。とてつもなく嫌な予感がする。
「お前のせいで、いや、おかげというべきか。とにかく、お前がやらかしてくれたアレをきっかけに、機関は、我々は躍進を遂げた」
しゃべりながら、敵が手をこちらにかざした。
最大限の警戒をもって、敵を注視する。
「No.013、お前はもう、最強ではない」
敵の掌に光が集まる。敵が口を開いた。
同時、俺も詠唱をするべく、言葉を紡ぐ。
「『創造・裁きを』」
「『神罰執行・送還』ッ」
放たれる二つの言霊。無論、一方は送還の効果を受け消滅を余儀なく……。
「ガ八ッ!!?」
強い衝撃を受けたようだ。口から苦悶の声が漏れる。
正面からぶん殴られたように、吹っ飛ぶ。
「ガッ」
再度、衝撃。今度は壁か何かにぶつかったようだ。
吹っ飛ぶ勢いが止まる。
視界がチカチカと明滅するのも気にせず立ち上がり、敵のいたほうを見る。
奴はかざした手を下ろした状態で、立っていた。
……奴の術が発動した? そんなこと、あり得るのか?
自らが失敗した感触はなかった。間違いなく、『送還』は発動していた。
なのに何故……?
「何が起きたかわからない。そういう顔だなァ?」
自慢げに奴は言った。
「……なんだ、今のは」
しゃべりたくて仕方がない、といった様子なので聞いてやる。
聞いた途端、奴の顔が一層笑みにゆがんだ。
「クックック、教えてやろう。おしえてやろうとも!」
やはり言いたくて言いたくてたまらなかったようだ。
「あの日、貴様の『執行』にしてやられた機関は、『執行』に気づきを得た。すなわち、人間が神になれるのではないか、とね」
そこまで言ってこちらに目を向ける。
「神官どもの使う『代行』はその名の通り、神に代わって神の行いをするものだ。我々が神になるのには遠い。だが! 貴様の『執行』は違う! あれは、貴様の判断によって神の行いが実行される。つまりあの瞬間、貴様は疑似的な神になっている。機関はそう考えた」
話すうちに興奮しているのか、敵の感情は高揚し、視線は天を仰ぐようにしている。
静かに、聖女に手招きした。
「その結果、生まれたのがこれだ。人は! 神に! 神になれる! あの時、貴様と『窓際』には完膚なきまでの敗北を突き付けられたが……」
そこまで言って、心が落ち着いたのか、こちらをようやくみる。
聖女も近くに寄ったことだし、頃合いか。
「今回は貴様らの敗北だ」
「いや、ドローだな」
懐から出した模様が描かれた紙をちぎる。
次の瞬間、景色がゆがむ。聖女を除いて。
よかった、聖女様だけ置いてけぼりなんてことにはならなさそうだ。
「なッ!? 待て! まtEeえeえeeeえぇぇ」
奴の声も歪みはじめ、ドンドン音が遠くなっていく。
完全に景色が変わった。
薄暗い小さな個室。俺の隠れ家。
「ふうぅぅ、危なかったぁ」
全身の力を抜き、すぐそばの安いソファに倒れこむ。
「え? え?」
聖女様はただただ困惑していた。




