3章 6 テンナクス国
「遅い」
「・・・わ、悪い」
遅れて来た俺に普段通りに接するランラ。それなのに俺は何となくぎこちなく答えてしまった
ランラの後ろには無表情のジョブと苛立つチラス
チラスはともかくジョブの変化は何なんだろう・・・まるで悟りを開いた人みたいな表情だ・・・3回の以来の時はリーダーとして散々威張り散らしていたのに・・・
「で?どうやって行く訳?まさか徒歩って訳はないわよね?」
「しばらく・・・徒歩かな」
「・・・ハア・・・あのねえ・・・どれだけブルデン王国までどれだけあると思ってる訳?さっきギルドから報酬貰ったでしょ?それで馬車を手配して・・・」
「まあまあ・・・少し歩いたら話すから・・・とりあえず行こう」
あまりに普段通りに接してくるランラに、俺は何とか平静を装いながらランラを門の方へと振り向かせ強引に町の外へと連れ出した
ジョブとチラスも俺達に続き町の外へ出ると街道をブルデン王国方面へとひた歩く
そしてある程度町から離れた場所でランラの不機嫌さがMAXになる前に足を止めて振り向いた
「・・・なに?もう休憩でも取る気?」
「いや・・・正直な話、メイザーニクスでお尋ね者になっているからあまりこの国に長居したくない・・・いずれ濡れ衣は晴らすとして・・・今はさっさとブルデン王国に行きたいと思ってる」
「・・・で?」
「うっ・・・そう怒るなよ・・・それでとりあえずメイザーニクスを出てテンナクスに行こうと思ってるんだが・・・」
「当然よね?ブルデン王国に行くにはテンナクス国を必然的に通るしかない・・・それとも陸路じゃなくて海路を予定してた訳?」
へー、船って手段もあるのか・・・メイザーニクスの港町からブルデン王国行きの船があるのかな・・・まあ、それはそれで楽しそうだが時間がかかりそうだ
「いや、船にも乗ってみたいが今回は・・・空路だ」
「・・・・・・は?」
「しょえええ!?」
あはは・・・普段はクールを気取ってるランラが変な声を出して驚いてる
「・・・」
ジョブは・・・おいおい本当にどうしたんだ?こんな状況でも無表情だ。まあ、この状況で無表情ってのも面白いっちゃ面白いが・・・
「マジか!うおっ!いや・・・マジか!」
チラスは・・・普通の反応だな。忙しなく首を動かし周囲を見渡している
そう・・・3人は俺の念動力で空を飛んでいた
ランラは風で飛ばされないように帽子を押さえ、着ているローブがめくれないようにお股に手をやりながら目を見開き叫び、ジョブは直立不動で空を飛び、チラスは手足をバタバタと動かしながら叫んでいる
未確認飛行物体と勘違いされないように人気のない場所で雲の上まで飛び上がり一直線にテンナクス国を目指しているのだが、空の散歩を楽しむ余裕は3人にはないようだ
「おい!なんだこれは!?俺をどうするつもりだ!」
「元気だなチラス・・・降ろして欲しかったらいつでも言ってくれよ?すぐに解放してやるから」
「解放って・・・てめえ放り出す気か!?」
「てめえ?ふーん・・・ああ、そうだ・・・ちょっと先に行っててくれるかな?」
「は?先にって何をっ!?」
ゆっくりと進む中、反抗的なチラスだけずっと先まで飛ばしてやった。これ以上離れると念動力が途切れそうな所まで飛ばすと今度は猛スピードでこちらまで引き寄せる。おお・・・「おぽぽぽっ!」とか言いながら戻って来るチラスの顔がえらいことになってる・・・
「さて・・・降りるか速度アップかみんなと一緒に飛ぶか・・・選んでいいぞ」
「てめえ・・・いつか絶対・・・ま、待て!ちょっ・・・もう無理っ!!」
「行ってらっしゃーい」
再びチラスだけスピードアップ・・・これって何Gくらい掛かってるんだろ・・・生身でジェット機並のスピードを経験した事ないから分からないな
「おかえりー・・・で?どうする?」
「待て・・・お、俺が悪かった・・・だからもう・・・」
「だからもうちょっとやってくれと・・・よし分かった!」
「よし分かったじゃねえ!待てって言ってぇぇえええ!!」
フハハハハ!チラスの奴・・・『言ってぇぇえええ』とか・・・
「・・・意外と根に持つのね」
「そりゃあまあ・・・殺されそうになった訳だし少しは・・・おっと」
空中散歩に慣れてきたランラに答えると再びチラスを呼び寄せる。あまり遠くに離れると念動力が途切れてしまい地面に落下してしまう。さすがに殺すつもりはないから気を付けないと・・・
「で?どこまで飛んで行く訳?もしかしてこのままブルデン王国?」
「うーん、少し足りないかも・・・このまま国境は越えるけど一度テンナクス国に降りて一晩泊まってからブルデン王国を目指す予定だ・・・あの手配書って国内だけだ・・・よな?」
「恐らくね・・・で、何なのコレは」
「・・・気功・・・」
「もし本当に気功ならシューリー国の空は大渋滞ね・・・ちなみに風の精霊王が空を飛んだという記述は見た事があるけどそれ以外で人が飛んだという話を私は知らない」
「へ、へえ・・・世の中には不思議な事があるもんだね・・・」
「世の中というより貴方がね・・・それより良いの?チラス・・・落ちてるわよ?」
「え?ああっ!」
叫びながら落ちていくチラス。すぐに念動力で操り上昇させると放心状態でぐったりとしていた
それ以降はチラスも静かになり、快適?な空の旅を満喫する。ジョブは相変わらずだったが、ランラは見たことの無い視点を思う存分楽しんでいるようだった
しばらくして関所みたいな大きな門があり、ランラがメイザーニクスとテンナクスの国境だと教えてくれた。街道を通るなら関所を通らないとならないだろうけど歩いて通るなら必ずしも関所を通る必要はないみたいだ・・・街道を逸れれば普通にメイザーニクスからテンナクスに行けるようになっている
「あの門って・・・意味ある?」
「別に通るのを制限してる訳でもないから意味はないわ。ここが国の境と示す為のものだし」
「あ、そうなの?」
関税とか取ってるのかと思ったらそうでもないのか・・・移動フリーなら関所みたいなものいらないんじゃ・・・住みやすい国に移動するのもありなのかな?
そんな事を考えながらこっちの世界に来てから三つ目の国・・・テンナクス国に到着した
とりあえず空を飛びながらテンナクス国の中心部である王都クロムチャードの場所を教えてもらい、軌道修正しながら目指した
そして──────
「ここが・・・テンナクス国王都・・・クロムチャード」
飛んで来た事がバレないように少し離れた場所に降り、歩いて門をくぐり抜ける・・・そこにはTHE異世界の光景が広がっていた
まず目に付くのは行き交う人々・・・メイザーニクスではほとんど見なかった獣人と思わしき人々・・・耳だったりしっぽだったり・・・とにかくバリエーション豊かな獣人が平然と闊歩してる
他にもエルフらしき人物やドワーフ・・・そしてホビットと思われる人・・・まるでおとぎの国に迷い込んだ感覚だ
それに町の雰囲気もメイザーニクスとシューリーとは全く違っていた。メイザーニクスの小綺麗な街並みやシューリーの田舎っぽい雰囲気と違い、テンナクスはどこか荒々しくゴチャゴチャしている雰囲気・・・夜も更けていると言うのに歩きながら酒を飲み、騒ぎ、笑い合う・・・お祭りでもやってるのかとランラに聞くと普段通りなのだとか・・・これがテンナクス国・・・
雰囲気に圧倒され横を見るとジョブとチラスも同じように驚いている。ランラだけ澄まし顔でスタスタと歩いているのは経験の差かな?
「まさかブルデン王国もこんな感じ?」
「まさか・・・この時間に出歩く者はそう居ない。この国がおかしいだけ」
おかしい・・・か。ランラにとってはおかしくても、俺にとってはどこか懐かしく感じられて・・・自然と笑みが溢れてしまう
「さっさと宿を探すわよ・・・ここまで来て野宿なんて嫌だからね」
「あ、ああ」
いつまでもこの雰囲気を味わっていたい・・・そんな気持ちになっていたが、ランラは知っている宿屋があるようでスタスタと歩いて行ってしまった
慌てて俺ら3人はランラを追おうとした時、覚えのある名前が聞こえてきた
「ぶっ!・・・おい!急に止まるな!・・・あん?どこ見てんだ?」
「いや・・・今確か・・・」
声がした方を見つめるとそこにはたてがみを揺らす大柄な男・・・恐らくライオンの獣人が酒瓶片手に誰かを蹴っていた。蹴られた男はヘコヘコしながら何処かに行こうとするとしっぽの生えた別の獣人が男の道を塞ぐ
「おいおい・・・ラオットさんの話はまだ済んでねえぞ?シュルドフ」
「ま、待ってください!僕は別に・・・」
「獣人連合から借りた500ゴールド・・・期日はとうに過ぎていると言うのに利息すら払わねえ・・・こりゃあ黙って身を捧げるしかねえだろ?」
「そんな・・・無利子無期限って話じゃ・・・」
「はあ?そりゃあ返せる当てのある奴に対してだ・・・冒険野郎だかなんだか知らねえがそんな奴に憧れて冒険者になったはいいものの失敗続きじゃねえか!お前に500ゴールドを返せるとは思えない・・・それが連合の出した答えだ!そして、その決定が下された時点で利息が発生するんだよ!1日1割・・・既に何日経ってると思ってやがる!」
「えっ・・・昨日言われたから・・・」
「馬鹿野郎!決定したのは1か月前だ!お前が呑気に狩りに出掛けている間にも利息は増えてって・・・いくらでしたっけ?ラオットさん・・・」
「・・・面倒くせえ・・・1000ゴールドだ」
「だ、そうだ!今すぐ1000ゴールド耳揃えて払いやがれ!」
天下の往来でまあ説明くさいセリフを吐くやつだ・・・えーと、要約するとシュルドフって奴が獣人連合?にお金を借りた。で、お前返せそうにないから無利子無期限なしな、さっさと返しな利息をつけて・・・って事か
シュルドフ・・・シュルドフ・・・シュルドフ?
「1000ゴールド!?無理だ・・・この1ヶ月で500ゴールドさえ無くなってしまったのに更に500ゴールドも・・・」
「お前・・・昨日俺様が通告した時に言ったよな?『もう少し待ってくれ、必ず金は返す』と。てめえ約束を破る気か?」
「あ、あの時は500ゴールドの件だと思って・・・必ず返すから連合に待ってくれと言ってくれませんか?僕は必ず・・・必ず成し遂げます!」
「はっ!成し遂げる?その嘘だらけの本に書いてある事か?夢見てんじゃねえ!」
「嘘じゃない!冒険野郎マクガーは・・・見たんだ!伝説の神剣はこの街の近くに存在する!そして僕が見つけて勇者に言うんだ!『神剣はここに在ります』と!」
「・・・確かに神剣を見つけた者には報奨が出る・・・が、てめえは見つけられてねえじゃねえか!てめえの与太話に付き合ってる暇はねえ!さっさと返しやがれ!」
「だからもう少し!・・・必ず見つけるので・・・もう少し待って下さい!」
「・・・ったく、コイツに貸した奴は後で半殺しだな・・・おい、ピュマ・・・殺っちまえ」
「へい!」
ピュマはラオットの命令を受けて姿勢を低くすると地面を蹴りシュルドフに襲いかかる。くそっ!なんで・・・
「待っ・・・・・・え?」
「おっと!・・・んだぁ?お前・・・」
縮地でシュルドフの前に出るとピュマは慌て止まり俺を見上げた
ハア・・・せっかくいい雰囲気に酔いしれてたのに・・・台無しだな
「えっと・・・シュルドフに用事があるんだけど借りていいかな?」
「はあ?お前・・・」
「どけ、ピュマ・・・てめえ俺様が誰か知ってて言ってんのか?」
ピュマが俺に突っかかろうとした瞬間、後ろにいたラオットがピュマを押し退け近付いてきた
近くで見ると・・・かなりデカい・・・てか、胸板厚すぎだろ・・・
いつの間にか野次馬が集まって来て新たな展開に盛り上がっている。どうやらずっとシュルドフ達のやり取りを離れて聞いていたっぽい・・・コイツら・・・
「じゃかあしい!ハイエナ共!・・・で?知ってるのか知らねえのか?」
「ライオンさん・・・かな?」
俺の発言を聞いてピュマが青ざめ野次馬が潮が引くように離れていく。当の本人は無言のままプルプルと震えてるが・・・もしかして禁句だった?
「てめえ・・・もう一度言ってみろ・・・」
えっと・・・こんなヒマワリみたいに顔の周りから毛が生えてる動物って他に居たっけ?もしかしてこっちの世界特有の動物とか?それともたてがみと勘違いしただけで実は全部ヒゲとか??
「・・・ヒゲ?」
おおっ!?ラオットの頭から湯気が!!
「てめえ死んだぞ!」
嫌な予感がして咄嗟に屈むと頭の上を何かが通過する。恐らくラオットの腕だろう・・・風を強引に切り裂く音・・・食らったらひとたまりもなさそうだ
地面を蹴り後方に飛んで距離を取ろうとするがラオットは見計らったように俺に合わせて飛びかかってくる
「しつこいライオンさんだ!」
後ろに倒れるように身体を反り、足を上げるとちょうどラオットの顎にヒット・・・が、ラオットは怯むことなく前進してくる
押されるような形で地面に倒れると、ラオットは指の先から爪をキラリと光らせた
「死ね!般人」
ぱんじんってなんだよ!?とツッコミを入れる間もなく爪が目の前に迫ったその時・・・急にラオットは動きを止めた
「何の冗談だ?嬢ちゃん・・・街中で魔法をぶっぱなすつもりか?」
ラオットの視線の先にはランラが居た・・・しかもラオットに杖をかざした状態で
「人の連れに襲いかかるのがこの街の流儀って訳?なら街中であろうと魔法を使ってもおかしくないわよね?」
「どういう理屈だ・・・チッ、般人を殺すのはさすがにまずいか・・・今日の所は引いてやる・・・小僧・・・それにシュルドフ・・・逃げるなよ」
ラオットは爪を引っ込めると俺とシュルドフを睨みつけピュマと共に去っていった
野次馬達もガッカリしたような安心したような複雑な顔をして去っていき辺りは再び騒がしさを取り戻す
「で?宿屋に行くはずが一体何をしている訳?」
「ははっ・・・何と言うか・・・成り行き上?」
「・・・どういう成り行きか聞いてるつもりだけど?」
「いや、それは・・・ねえ?シュルドフ?」
冷たい視線のランラにたじろぎながら、俺はシュルドフに助けを求める為に振り返る。けど・・・
「・・・え?あなたは・・・誰ですか?──────」




