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鳥のさえずりが森の中に響き渡る。
生い繁る木々の間を、リスやキツネが颯爽と駆け回る。
気持ちの良い風が、木々の間を通り抜け、その風とともに森の香りを運んでくる。
土の上には、落ち葉や枝が多い重なり、月日の重みを表現していた。
落ち葉や枝の上を、二つの足が交互に着地する。着地をするたびに、音を発する。音を発するたびに、森の中の動物たちが聴き耳を立てる。白と黒のキャンバス生地でできたスニーカーは、迷うことなく真っ直ぐ進んでいった。
黒い毛がふさふさと生えた四本の足は、二つの足とは異なり、重さがない。重さがない分、すたすたと軽々しく土の上を進んで行く。枝の上や落ち葉の上に四本の足が乗ったとしても、特段の音は森の中には響かなかった。
艶やかな赤色のパンプスは、ゆっくり、ゆっくり、そして着実に前へと進んでいる。その動きは、恐れというものを少しだけ感じさせる。いや、迷いといったほうが良いかもしれない。この道が正しいと思って進んでいる人間は少ない。道というのはそういう者である。
腕にはめたブレスレットは、前に進むたびにそのブレスレットはキラキラと光った。森の光は、余計にその光を強調していた。コツコツと重く鈍い黒のブーツは、地面に確かな足跡を残して前へ進む。
「ティム」
僕は、彼に話しかけた。
「とても綺麗な場所だね」
素直な感想を打ち明ける。
「ああ。そうだな」
黒い猫は、相槌を適当に打つ。
「でも、この木々って多分スギだよね・・・。季節的には夏っぽいから良いけど、春とかになったら花粉症とかすごそうだな……」
僕は、花粉症の人の気持ちを思い浮かべた。この綺麗な景色ですら彼らにとっては、地獄だろう。改めて、花粉症ではない自分を褒めてあげたくなった。
「かふんしょうってなに?」
赤いパンプスを履いた女の子は僕に、話しかける。
「あ。ごめんなんでもないよ」
僕は、慌てて訂正を入れる。きっと、この世界には「花粉症」というのは存在しないのだろう。
「花粉症っていうのは、鼻水が止まらなくなったり、目がかゆくなったり。人によっては、頭が痛くなったりする一種の生活習慣病さ」
タイチは、右手で左右の気を指しながらいった。
「スギとか、ヒノキとか。こういう木から出る花粉が影響でね」
「へぇ〜そんなことあるんだ!物知りだねタイチくんは!」
ユキは、初めて聞いたようなリアクションを繰り返していた。やはり、この世界には花粉症なんていう病気はないようだった。そうだ、このタイチは僕と同じ世界に生きている人間だ。そして、この世界に来た人間としても同じである。ユキは、僕らの陰でくしゃみをしていた。
「ところで」
タイチは、僕の方を見た。
「目的地はまだ?」
「たぶん……もう少し」
僕は、ちょっとだけ走った。目の前に森林の出口が見えてきたからだ。
森林を出ると、目の前にはアスファルトに囲まれた場所が現れた。
ツタが、そこら中に生い茂っている建物や、もう水は出ないであろう噴水。この場所もなんだかユキたちが住んでいた場所に雰囲気が似ていた。時代に取り残されたようにこの場所の時間は止まっていそうである。
「これまた……なかなか強烈だな」
ティムは、淡々と喋る。
「そうだね。なんだろう。こういうのってどう表現するか私は知っている気がするわ」
ユキは、目の前の建造物を見つめる。
「廃墟。言葉が間違っていなければね」
タイチは、話のオチをつけるように言った。
そうだ。これは、廃墟という言葉が適切であろう。建物というのは、どんなに古くても、人が使用し続ける限り不思議と朽ち果てないものである。しかし、人が去った瞬間、建物はどんどん置いていき、最終的には朽ち果てる。修繕をするしないに限らずだ。建築物の不思議といえよう。
「と、とりあえず入ってみようよ……」
僕は、彼らの後ろめたいであろう動きを背中から押すような言葉を発した。行きたそうではなかった彼らであったが、目の前の衰退した現状を見て重くなった踵を、僕の言葉をきっかけとして地面から頑張って剥がし始めたのだった。
晴天の天気と相まって、目の前のツタまみれ、ひび割れだらけの建物は、ちょっとした歴史的建造物(いや、古代遺跡だろうか)のように見えた。カメラがあったら、シャッターを切って、長方形のLサイズのフレームに収めたいくらいである。
はたしてこんなところに人は住んでいるのだろうか。僕は、あの地下の森で出会った男の言葉を疑い始めた。こんな場所に人は住めない。小鳥やリスは住めたとしてもだ。人が住むには少し朽ち果てすぎているし、人がいる気配がそもそもないからだ。
しかし、僕の想像とは裏腹に、視線を左右に振った次の瞬間。僕は建物の陰からこっそりとこちらを見つめる二つの黒い瞳と目があった。
僕は、唾をごくりと飲んだ。




