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「ここだ」
ティムは、古い通路の前に立って言った。
「こんな場所が、私の住んでいる場所の近くにあっただなんて。知らなかったわ」
ユキは、驚きのあまり口が開きっぱなしだった。
「行くぞ」
ティムは、先導して歩き始めた。入り口の下にある猫用の入り口を入っていった。
僕は、この道を知っている。
この街に来るときに、ティムに連れられて通ったからだ。あのときのことは、何日経っても簡単には消えないようだ。この通路には特別な思い入れはないのだけれど、頭の片隅から消えることはなかった。
未来と過去。そんなものがこの廃墟には織り混ざっている気がしている。
「カクは、この場所は知っていたの?なんか、知っているような表情をしているし、驚きも少ないし」
ユキは、僕の顔を覗き込みながら僕に聞いてきた。僕は「知らないよ」と答えた。
「わたしは、驚いているよ。こんな場所が私の住んでいる近くにあっただなんて。なんか恐竜とかグリズリーとか出てきそうじゃない!?」
「グリズリーってなんだよ」
「グリズリーって熊だよ。熊。カクは、熊を知らないの?」
この少ない会話の中で、熊を連呼された。ユキは、恐れという感情よりも、どうやら好奇心が勝っているようだ。
「熊くらい知っているよ。グリズリーだっけ。会えるといいね」
僕は軽くあしらった。ユキは、興味を持ち始めると勝手に進んで行く癖がある。それも脇芽もふらずにつっぱしる。出会った当初もそんな感じの片鱗を随所に感じてはいたが、少しいる時間が増えるとそれの感じが顕著になった。同じ時間を長く共有すると、人の見えない部分も見えてくる。悪いことなのか良いことなのか、どちらなのだろうか。
「なんだかおしゃれな場所ね。お城みたいだわ」
ユキには、シネコンの廃墟の通路はお城のように見えるらしい。赤い絨毯にシンプルな壁、おしゃれな電気類。電気はつかないのだけれど、隙間から入ってくる太陽の光がどことなく情緒をかもしだす。
「ティム」
僕は、先を行くティムに小走りで追いつき話しかけた。
「なんだ」
「いいのか。ここを通って。ユキは、僕が異世界から来たことは知らないんだぞ」
「それが、どうした」
「それがどうしたって……。だいたい、これから先の道は彼女が見たこともないような場所が沢山ある。僕は見慣れた景色なんだけど、それを彼女が見たら、僕を異世界から来た人間であると疑いを持ってしまう」
僕は、どうして彼女に異世界から来たことを知られて欲しくないのかはわからなかった。
ただ、知られてしまうと今までの関係が、綺麗な音も立てずに、汚く醜い音を立てながら崩れ去っていくようなきがしたのだ。
「考えすぎだ。冷静になれ。彼女はそんなやつじゃない」
ティムの言う通りだった。きっと、彼女は僕が異世界から来たと知ったとしても普段と変わらぬ態度で接してくれる。僕が彼女を信じていないだけなのかもしれない。
「ああ。すまなかった。ティムの言う通りだ」
僕は、後ろを振り返った。ユキが僕らの後を辺りを見回しながら歩いていた。生まれて初めてみる数々の光景に彼女は感動しているのだろう。その姿は、大人というよりも一人の少女だ。いくつになっても、生まれて初めてみる光景には感動を覚えるのだということを彼女は体現していた。
僕らは、植物園のような場所でお昼ご飯にすることにした。きっと、距離があると事前にティムが入っていたからユキがおにぎりを作ってきていた。
「はい、これカクの分」
ユキからおにぎりをもらって、近くの大きな石の上に座った。僕の体よりも何倍ものを大きさであった。
僕の目の前に見える風景の中で、大きな滝が流れていた。
あの滝の下にはきっと大きな池があるに違いないと思った。今にも、恐竜が空を飛んで移動しているのではないかと思える景色であった。
「大自然の中で食べるおにぎりは格別に美味しいわね」
ユキは、嬉しそうにおにぎりを頬張った。彼女の口元にはかわいらしいご飯粒が一つ付いていた。彼女はそれに気がついていないようだ。
「ユキ、口にごはんつぶ」
僕は、彼女の口元を指差して言った。彼女は「あら、いっけね」と江戸っ子風な言葉を発しながら手で取り、口の中に入れた。
「ユキ、大丈夫か」
ティムは、クッキーのようなものをボリボリと食べながら彼女の体調を気遣っていた。
「わたしは、大丈夫。こんな場所があったなんて驚きがすごくて、全然疲れないの。ティムは知っていたの?」
「まぁ、知らなければ君をここへ連れてくることはできなかっただろう」
ごもっともである。こんな場所を「今日初めて行く」と言われて不安にならない人間はいないだろう。
「それもそうだね。ちなみに出口は後どれくらいなの?」
「もう少しだ。きっと、外に出たらユキは驚きを隠せないだろう」
ユキは、ティムの話す内容を興味津々で聞いていた。
「世界は広いぞユキ」




