33
「あたし、お風呂入ってくる」
そう言い残し、ユキは立ち上がってお風呂場に歩いていった。そして、入る瞬間に僕にこう言い残す。
「覗くんじゃないよ」
僕には、前科があった。いや、あれは単なる偶然というかなんというか。決して、僕の本意でおこなったことではない。そして、勢いよくお風呂場のドアは閉められた。
蛇口をひねりシャワーが出る音が部屋の中に響く中、僕はベランダにいるティムの方に行った。
「おはよう」
僕は、ティムに挨拶をした。ティムは、一瞬だけ僕の方を見て、そしてまた元の視点に戻った。
「平和だな」
僕はティムに言った。僕はこの世界での生活になれつつあり、自然と口から出た言葉であった。
「そうだな」
最近のティムはあまり元気がない。もともと無口ではあったが、最近は一層それに拍車がかかった気がする。声が聞こえないのではなく、声を発しなくなっていった。
ティムは、ベランダの手すりの上に登り器用に歩いた。今にも落ちそうだから僕は注意をしたが、彼はそれを無視した。そして、彼は隣の部屋に侵入してどこかに行ってしまった(となりは空き家である)。
「やれやれ」
僕は、ユキの部屋でひとりぼっちになってしまった。
僕は特になにもすることがなくなったので、筋トレをすることにした。僕は元の世界にいた時のことを思い出した。今、僕は何かの物語の主人公であり、何かの使命を持っているキャラクターだとして、僕は日本のアニメのキャラクターに例えるとしたらどんな感じなのだろか。僕は、特殊能力の超能力も持っていない。ユキが巨大化した武器はあるが、異なる世界にいるとはいえ、僕の身体は前と変わらない。
アメリカの漫画のキャラクターに近いんだろう。アメコミヒーローの主人公は僕は好きだった。日本の主人公は結局、生まれ持った才能と、特殊能力でなんとなく敵を倒していってしまう。しかし、アメコミのヒーローは、それはありえない。どこにでも居そうな青年が、何かのきっかけで敵と戦うことになってしまう。そして、彼らはそこで敗北を知るのである。敗北後に彼らは自分の非力さをしり、どん底に落ちる。しかし、彼らはそこから這い上がる。血の滲むようなトレーニングをして、ふたたび立ち上がるのである。「ヒーローといえど人であり、努力をしている」という、ファンタジーであったとしても、どこかリアルを求めるアメリカ人の考え方は、面白い。
今の僕は、どちらかといえば後者だ。アメコミヒーローに近い。
あの後、僕は欠かさずランニングや筋トレをしている。いつあのピエロやエディみたいな敵が現れるかもわからない。ティムの言葉数がすくなってきたのも、実は敵がくることを察知しているからなのかもしれない。
僕は、お昼ご飯を食べている。
ユキの部屋には新しくテーブルと椅子が家具として置かれた。このテーブルと椅子が置かれる前は床に座ってご飯を食べていた。「カクのためじゃないよ。最近、床に座ってごはんを食べるのが辛くて。腰が痛いの」と言い訳をユキはしていた。
「カク、しょうゆ取って」
ユキは、目玉焼きにしょうゆをかけた。
「ユキ、ソース取って」
僕は、目玉焼きにソースをかけた。
ティムは、猫の缶詰を器に空けてもらい、一心不乱に喰らっている。僕は、味噌汁を少し口に含み、ごはんを口に運んだ。味噌汁の塩分を感じつつ、米粒のやわらかな食感を僕は楽しんだ。
こんな平和な会話をしながら、昼食を食べていると、少しだけ地面が揺れた。地震である。そして、次の瞬間、けたたましい音がなり、外が暗くなり、強い光を放った。
「な、何!?」
ユキは、勢いよく立ち上がりベランダに走った。僕も、目玉焼きの付け合わせのベーコンを口に含んで慌てて立ち上がった。
ベランダに出て、外を見回した。
「あれよ!」
ユキは、山を越えた先から煙が出ている方向を指差した。あの方角だとこの山の中の地域ではなく、山の外の地域だろうと僕は思った。
「この区域じゃないし、この山の中なら安全なんじゃない?」
僕は、食べかけのポテトサラダが食べたくて仕方なかった。
「カク、あそこに行こう!」
ユキは、なんだか楽しそうである。
「あそこって……山の外でしょ?外には出れないんじゃなかったっけ」
僕は、山の外から来ている。しかし、ユキは山の外に出れる手段は知らないはずである。
「ユキ、外に出てみるか」
ティムは、ユキに向かっていった。
「え、出れるの!?」
「出れる。俺は、出口を知っている」
あの場所は、入口なんか出口なのか具体的な名称は僕にはわからない。
「荷物をまとめなさい!早く行くわよカク!」
ユキは、赤いメガネをクイッとさせて部屋に戻っていった。こうなったユキは止められないだろう。僕も自分の家に戻ることにした。
「準備できたら、私の家の下に集合ね。おやつはしっかり持ってきなさい!」




