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「あ、起きた起きた」

 ユキの顔は笑顔で、僕の顔の真上にユキの顔があった。

 さきほどまで僕は、見慣れた現代世界にいた。ヒートアイランド現象をおもわせるうだるような都会の暑さ。当たり付きのアイスキャンディー。僕はなんだか少し懐かしくなった。しかし、ユキの顔が目の前にあることを見るとあれは夢だったようだ。コンビニのトイレの水を流すボタンを押すと、トイレの壁がせり出してコクピットのように変形することはあるはずもない。僕がこの世界に来たときですら、そんなSFな現象起きてはいない。僕にとって、この世界こそが現実なのであった。

 しばらくして、ユキは僕を枕で叩くことを再開した。

 ユキは執拗にお腹を狙っていた。そうか。僕が寝ている間に彼女は僕の腹を枕で叩いていたということか。

 「ええぇい!しつこい!」

 僕は、朝一番にユキに怒鳴った。怒鳴ったといっても怒ったわけではない。単に大きな声で叫んだだけである。ユキはなんだかつまらなさそうに僕の顔に枕を投げつけて、玄関から去っていった。


 僕は、布団の中からぬくぬくっと出た。そこは僕が住んでいる団地の一室(狭い狭い、四畳半)であった。

 ショッピングモールの事件のあと、すぐに僕は団地の管理人さんのところへ行った。

 不動産屋的なものはないらしく、ユキは1Fに住んでいる大家さんに話をつけにいこうと言っていたから、僕はそれに従い大家さんに会うことにした。


 大家さんは、結構なお年であったが、元気に2足歩行しながら現れ、元気に大きな声で僕に話しかけてきた。

「あぁ!?今から、ここに住むのかい!?」

「え、だめですか」

 なんだか、否定的なニュアンスでおばあさんが返してきたから、僕は不安になった。

「あぁ!?もちろんええよ!?すげぇ空室ばっかりじゃからのぉ!?」

 もはや、方言とか何かが混ざりすぎておばあさんの喋っている言葉がよくわからなかった。さしずめ、ババぁ語だろうか。

「じゃあ、空室の情報をください」

 僕が、お願いするとおばあさんはスタスタと部屋の方へと戻っていき、何かを持ってきた。

「これを、見ぃ」

 黒い紐で止められた紙の束を僕に渡した。それを受け取ると、それなりの重さがあり、僕は片手では持てないと思い両手で持った。

「この中から好きな部屋を選びな。どれでもタダで住んでええょ」

 僕は驚いた。この世界において「家賃」という概念はないのだろうか。

「いいですか」

「良いと言っているじゃろうがぁ!」

 大きな声で話すおばあちゃんを尻目に、僕は軽く会釈をして、さっさとその場を去り、目の前の公園のベンチで住む場所を決めたのであった。


 おばあちゃんが渡してくれたリストには特に広い部屋というのはなく、大抵狭い部屋であった。

 幸い、僕には広い部屋に住みたいという願望はなかったし、初めての一人暮らしだから手頃なサイズ感が良いと思った。ただ、風呂トイレは別の部屋がよかったので、今の部屋となったのである。

 高校生の僕にはよくわからなかったのだが、この築年数、このクオリティ、1Kの間取りを都会で住んだらいくらぐらいするのだろうか。都会といえど、この築年数であるならばきっとやすいかもしれないと思った。

 

 蛇口をひねり、出てきた水をコップに入れて、喉に流し込んだ。ゴクゴクという喉を水が通る音とともに僕の胃袋へと消えた。

 ユキが少しだけ心配になった。悪気はなかったとはいえ、僕は彼女を怒鳴ってしまった。きっと、自分の家に戻って拗ねているに違いないと思ったので、僕は彼女の家に行くことにした。

 僕の住んでいる団地の棟は彼女の住んでいる棟とは別の棟ではあるが、ほとんど真横にある。また、彼女のは高層系であったが、僕の住んでいる団地は3階建ての低層系であった。


 家の前の公園を通りすぎて、彼女の住んでいる棟にたどり着いた。

 いつも通りに、階段を上っていき、彼女の家の玄関の扉を軽くノックした。

「はぁい」

 なんだか、元気のなさそうな返事が聞こえた。僕は、玄関の扉を開いて中に入った。

 相変わらずなにも置いていない部屋だったが、彼女は部屋の真ん中に横たわって、指で何かを床になぞるようなしぐさを繰り返し行っていた。その横に、僕は静かに立ち止まった。

「あんなに大きな声出さなくたっていいじゃん」

 彼女は、やはり拗ねていた。

「ごめんって」

 僕は、あやまった。しかし、彼女は依然として拗ねている、この人は一体何歳児だ。すでに20歳も超え、気づけば30歳も視野に入っている人のはずだ。

「ぶぅー」

 口を思いっきり、尖らせて彼女はぶーたれている。

 少しだけその表情が可愛かったので、僕は「またやりにくればいいさ」と就寝まくらバトルの再戦を約束した。僕が完全不利なバトルであるが(寝ているから)

「仕方ないな」

 彼女の機嫌がゆっくり、ゆっくりと戻りつつあった。

 

 

 


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