19
「僕も同じだ。お腹が空いたよ……」
僕は、おなかを右手でさすりながらユキに近づいていった。
「パンが食べたい!暖かいシチューが食べたい!」
ユキは、その場に座り込んで駄々をこねる。
「早く、行けって」
ティムが、僕らをせっついた。僕とユキはお互いの肩を抱き合い「わたしたちは、黒猫の奴隷よ。ああ、切ないわね」と慰めあった。
「三文芝居は早くいいから、早く動け。日が暮れる」
「はーい」
僕らは、元気のない返事をした。ああ、お腹が空いた。
だいたい、この部屋に窓は無いから、日が暮れているかどうかなんてわからないだろう!とツッコミを入れようかと思ったが話がこじれるのでやめた。確かに部屋には、豆電球がぽつぽつとあるだけだから、夜中みたいな雰囲気ではあるが。
僕らは、立ち上がり身の回りの確認をした。持ち物の忘れ物はなさそうである。
「それでは、カク。先頭を任せたぞ」
ユキが野太い声で言う。僕は「はいはい」と返事をして動いた。
ドアノブを回すと、やはり長い廊下が一本通っている。この部屋はその中間にありそうな雰囲気である。
「どっちに行こうか」
部屋を出て、僕は皆に確認をとった。
「どっちでもいいわよ」
「どっちでもいいぞ」
これである。先頭を切っているが故に、皆の意見を聞こうとしたのに、曖昧な返事を返してくる。しかし、こんなことでいちいち怒っていては埒があかない。どっちでも良いというならば、どっちでも良いということだろう。ならば道は僕が決める。僕は、右に行くことにした。
スタスタと右の方面へと歩いていく。廊下もうっすらではあるが豆電球が点灯していたので比較的前方は見えていた。しかし、この場所はどこなんだろうか。今まで訪れた場所と比べると幾分文明が発達している気がした。
「ねぇ、あのピエロはなんだったのかしら」
ユキは、歩く僕らに問いかけた。
「図書館で、ご老人相手にパフォーマンスをしてとても喜ばれていたんだけどね。まさか、あんな悪いやつだったとは思わなかったよ」
僕は、図書館でも出来事を思い出した。彼は、ご老人相手にジャグリングや手品などのパフォーマンスを行い、上々の評価を受け取っていた。拍手喝采だった。
しかし、僕らの前に現れた時はそんな姿など微塵にも感じさせなかった。お面の両目の隙間から見える肉眼は、狂気の目であった。殺人鬼、猟奇的……悪そうな言葉ならばなんでも当てはまりそうな雰囲気だ。
「ワールドトリッパー」
僕は、ふと思い出して口に出した。彼は、そんな言葉をピエロが口にしていたことを思い出した。
「それを探していたし、それが見つかったって言ってたわよね」
ユキは、僕の方を見ていった。
「もしかして、ワールドトリッパーってあなたなの?なんだかあなたのことをピエロはよく見ていた気がしたわ」
彼女は首をかしげる。
たしかに、僕は違う世界からやってきている。時間空間が違うのかはよくわからない。ただ、異なる世界であることは間違いないが。トリッパーって、多分英語的には観光者的なニュアンスだった気がする。僕はこの世界を旅行しているのか。
「僕じゃ無いよ。ははは」
僕は、やんわりと否定した。僕自身も確信はない。
「そうだよね。誰だったんだか」
「きっと、ティムだよ」
「そうかもね。ははは」
話に困ったらティムのせいにするのが僕らの間で流行りつつあった。ティムは、特に何も言わないことをいいことに好き放題言うのである。
だいぶ長い廊下であったが、左側にドアが一つあらわれた。僕は彼らにアイコンタクトを取ると、首を縦にふったので入ってみることにした。
あまり大きな部屋ではなかった。しかし、この世界に来て初めて見るものがいくつかあった。
部屋の中には、10台くらいのテレビ(正確にはモニターだと思う)が机の上にあり、パイプ椅子が置かれていた。飲みかけの飲み物(ファーストフードで買えそうなドリンク)が置いてあった。
「なにこれー」
ユキは興味津々でこの部屋の中に入ってきた。どうやら、全てのものが初めて見るもののようだ。
「これは、何に使うのかしら」
ユキは、モニターをぺたぺたと手で触っている。
「カク」
ティムが僕を呼んだ。
「これは、どういうものか知っているのか」
僕は、これらの機械をよくは知らないが知っている。現代では一般的な機械類だ。ただ、僕が今までこの世界を旅してきて思っていたのだが、僕のいた世界よりかは文明が発達していないということ。20年くらい遅い印象である。(僕は10数年しか生きてはいないのだけれど)ただ、この時点でこの事実を説明するのは明らかに怪しむ。特にユキは。だから僕は黙っていることにした。まぁ、20年くらい遅いとかいっても、猫がしゃべったり、カッターが大きくなったりワープができちゃう世界が怪しいとかっていうことに比べたら、大した話ではない。
「僕は、よくわからない。ただ、今までいた場所に比べて、雰囲気が違う気がする」
僕は、怪しまれない程度の返事をした。
「それは、俺も思っていた。この世界にこんな場所があったとは」




