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ピエロのお面をかぶるその男は、がっちりとした体型で決して細身ではない。殴ったところで、返り討ちに遭ってしまいそうな雰囲気が漂った。
「けけけ。これは、また可愛らしいお嬢さんに、満身創痍のお兄さん。面白いコンビだね」
野太い声でピエロは喋った。
「まぁ、いいか。探し物は見つかったし」
「探し物?何のことかしら」
ユキは、僕をかばって前に出て強気に答えた。
遠くの方で、建物が崩れる音がした。きっと、燃えていた分室がみるみるうちに焼け落ちていったのだろう。
「探し物?探し物は……そうだな。さしずめ【ワールドトリッパー】と言ったところだ」
ピエロは右手で顎の辺りをさすりながら、難しい横文字を発した。ワールドトリッパーなどという難しい言葉は僕は知らないし、ユキもおばちゃまも知らなそうであった。もしかしたら、ティムは知っているのかもしれないが、あいにく表情は猫のままだから、顔を見ただけでは何を考えているのかはさっぱりわからなかった。
「とにかく、わたしたちはここから避難したいの。ちょっと邪魔だからどいてくれるかしら」
ユキは依然として強気に喋る。
「おっとと。そいつはごめんだぜ。あいにく、君たちに用があるんだからな。ヒッヒィヒィ」
ピエロは不気味に笑っていた。もともとピエロのお面は、少しだけ笑みを浮かべているような雰囲気である。そのお面をかぶる人物が笑っているのだから、本来の姿と言えるかもしれないが、実際の所和やかな雰囲気にはなっていない。むしろ恐怖感が増した状況になっている。
「お嬢ちゃんはカンが鋭いねぇ。だからさっきから、語気を強めて俺に話しかけてきたんだろう?いいねぇ。そういう子は嫌いじゃないよ。男の子からは好かれないだろうけど。女の子は馬鹿なふりをしないと好かれないぜ」
ピエロはおもむろに持っていた、ジャグリングボールを中に投げ始めた。それを見事にキャッチしては投げ、キャッチしては投げる動作を繰り返した。
「ボールで遊ぶなんて、ふざけないで。火事なんだから、早くしないと危ないのよ!」
おばちゃまは、ピエロに向かって叫んだ。
ピエロは、おばちゃまの方を向いた。ピエロのお面は笑っているが男からは殺気だった何かを感じた。きっとお面の奥は笑ってなどいない。むしろ睨んでいるに違いない。
「あぁ?ババァが何言ってんだよ。俺はこの二人に用があるんだよ。うるせぇこと言ってないでとっと消えろよ」
男は、おばちゃまに向かって語気を強め、恫喝をした。しかし、おばちゃまは怯むことはなかった。
「あなたが退きなさい。ここは図書館です。通行人の妨げになる行為は図書館のルールに反します。立ち去りなさい!」
おばちゃまが、ピエロに向かって注意を述べた瞬間だった。ピエロはジャグリングをしている間に、目にも止まらぬ速さで後ろのポケットから手投げナイフを取り出し、それをおばちゃまに向かって投げた。ナイフは、おばちゃまの額に綺麗にささり、おばちゃまはそのまま床に仰向けに倒れた。
「きゃああああ!」
ユキは、悲鳴をあげた。
僕は、何が起こったのか理解できない状態だった。依然として先ほど変わらぬ動きでジャグリングを続けるピエロ。ピエロの動きに変化は見受けられないのである。
「おばちゃま、おばちゃま!」
ユキは、倒れたおばちゃまをさすった。そして、ユキが息をしているか確認するため、口元に耳を持って行ったが、おばちゃまは息をしてはいなかった。目の前で人が殺される現場に居合わせたが、僕は特に何か口から言葉を発することはなかった。正確に言えば、言葉が出なかった。悲鳴など出す余裕がなかったのだ。
「消えないから、消してやっただけだ。俺は忠告したんだけどな」
うっすら気味の悪い笑い声をピエロは再び出し始めた。ユキは涙を堪えきれず、ぽたぽたと涙をこぼしていた。
「おっといけね」
ピエロはそう言うと、ジャグリングしていたボールを僕らの後ろの方に飛ばしてしまった。ピエロといえどジャグリングもミスるのかと僕は思った。
しかし、これはミスではなかった。彼の作戦だった。
綺麗な弧を描いてボールは僕らの後ろに飛んで行って、床に着地した瞬間、そのボールは破裂し、大きな炎が上がった。そして、瞬く間に地面に炎は燃え移った。
「すまんすまん。うっかりしていてな。まぁ結果として、君たちの退路はなくなったのだけどな。ヒッヒィヒィ」
ピキピキと木が燃える音が、聞こえきた。そして、煙も次第に強くなっている。このままでは、僕らも焼け死ぬ運命だ。しかし、目の前に立ちはだかるピエロは一向に退く気はないようである。
「あなたは、許さないわ。絶対にあなたはわたしの手で殺してあげる。覚悟しなさい」
僕の後ろで、ユキは立ち上がった。
「だた、こちらにとって今の状況は不利。だから一旦引かせてもらうわよ」
ユキは僕の肩に右手を置いた。そして、ティムを左手に抱きかかえた。
ユキが、ぶつぶつと何かつぶやいた瞬間、僕の体が一瞬宙に浮いたかと思えば、一瞬で視界に映る景色が変わった。
僕らが消えた図書館で、一人、ピエロは両手を大きく広げ、野太い声で高笑いをしている。
「逃げるがいい、ワールドトリッパーよ!でも俺は絶対にお前を捕まえるぞ!ハッハハハ!」




