第29話 七つの修理
ブリキの鳥の翼は、根元の鋲が一本、抜けていただけだった。
ベルは作業台に鳥を載せ、細い鋲を一本、棚の小箱から選んだ。翼の穴に通して、先を叩いてかしめる。こん、こん。ぜんまいを巻く。
鳥が両方の翼をぱたぱたと動かした。
女の子が声にならない声を上げた。
「次の人」
ベルは自分でも気づかないうちに言っていた。
二人目は男の子だった。歯車仕掛けの独楽。心棒が曲がっていて、回すとよろける。三人目はねじ巻き式の小さな汽車。車輪の一つが空回りしている。四人目は姉の形見だというオルゴールの箱。
ベルは、一つずつ、直した。
心棒を万力に挟んで、少しずつ戻す。車輪の軸受けに油を一滴。オルゴールの櫛歯を弾いて、音を聞く。
下級生たちは作業台のまわりに、いつのまにか輪になっていた。誰もひそひそ話をしていなかった。ベルの手もとだけを、息を止めて見ていた。
「先輩、なんでそこ、叩くの」
一人が聞いた。
ベルは歯車の歯の背を、人差し指で二度叩いたところだった。こつ、こつ。
「……音で、わかるの。歯がまっすぐか、曲がってるか」
「え、音で?」
「やってみる?」
ベルは小さな歯車を一枚、その子の手のひらに載せた。
「ここを、二回。耳を近づけて」
こつ、こつ。
その子は首をかしげた。
「わかんない」
「最初は、わかんないよ。私も、三年かかった」
「三年も!」
輪の中で、笑い声が起きた。ベルも、つられて、少しだけ笑った。
笑っているのに、顔が熱くならなかった。
昼休みの終わりの鐘が鳴ったとき、作業台の上には、直った玩具が七つ並んでいた。
下級生たちは自分の玩具を抱えて、何度も頭を下げて出ていった。最後の一人、ブリキの鳥の女の子が、扉の前で振り返った。
「先輩」
「……うん」
「変身してないときの先輩のほうが、かっこいいです」
扉が閉まった。 ベルは作業台の前で、しばらく動けなかった。
「……今の、どういう意味」
「そのままの意味でしょう」
梁の上で、ギアがキャラメルの欠片を齧っていた。
「翼が六枚ある子より、鋲を一本打てる子のほうが、かっこいいってことよ」
ベルは自分の手を見た。
右の指先はまだ遠い。それでも、今日、この手で七つ直した。
◇
午後の授業が始まる前、工房の扉の隙間に、紙が一枚差しこまれていた。
整った大人の字だった。〈授業中に修理屋を開業しないこと。昼休みなら、許す〉。署名はなかった。けれど、白墨の粉が、紙の端に白く付いていた。
ベルは、それを、作業台の引き出しの奥にしまった。
放課後、教室に戻ると、机の上に紙が一枚、置いてあった。
下級生の字だった。ひらがなばかりの、大きな字。
〈くろっくわーくせんぱい まいにちきてもいいですか〉
ベルはそれを鞄に入れた。
廊下で、同じ組の女子とすれ違った。朝、ひそひそ話をしていた一人だった。女子は何か言いかけて、やめて、小さな声で言った。
「……うちの弟の汽車、直してくれたんだって。ありがとう」
ベルは何と答えればいいかわからなくて、頷いた。
女子も、頷いた。
それだけだった。けれど、それで、足りた。
校舎を出ると、夕方の空が、橙に染まっていた。
校門の石柱の上に、紙で折った鳥がひとつ、とまっていた。
ベルが近づくと、鳥は風に吹かれて、足もとに落ちた。湿った紙から、蜜蝋の匂いがした。
開くと、細い字が並んでいた。
〈今夜、鐘楼に来て。父さんが、会いたいって。〉




