第27話 焦げた砂糖
砂糖が、焦げた。
小鍋の底から、黒い煙が上がっている。台所じゅうに、甘くて苦い匂いが広がった。ベルは慌てて火から鍋を下ろし、水を張った桶に鍋底をつけた。じゅう、と鳴って、さらに煙が上がった。
「……ベル。何してるの」
母が居間から顔を出した。鼻をつまんでいた。
「キャラメル」
「キャラメルは、焦がすものじゃないのよ」
「知ってる」
鍋の中身は黒くて固い板になっていた。ベルはそれを木べらでこそげ取った。割れた欠片がぱきぱきと鳴った。
三回目だった。
一回目は火が弱すぎて固まらず、二回目は目を離したら焦げて、三回目も焦げた。 ベルは料理が下手だった。歯車の歯なら髪の毛一本ぶんの狂いでもわかるのに、鍋の中の砂糖が、いつ金色から茶色に変わるのか、どうしてもつかめない。
「誰かに、あげるの?」
母が聞いた。
ベルは答えられなかった。
工房で、ギアに怒鳴った。私の手なんだよ、と。あなた、何か隠してるでしょ、と。ギアは消えて、戻ってきて、変身させてくれて、それから、ひとり守れなかった子がいるとだけ言った。
ベルは、まだ、謝っていなかった。
何て言えばいいのか、わからなかった。
「……友達に」
ベルは言った。
「喧嘩した」
母はしばらくベルの顔を見ていたが、黙って台所に入ってきて、小鍋を洗い、新しい砂糖を量った。
「火は、中くらい。混ぜないで、鍋をまわすの。泡が大きくなったら、鼻を近づけて」
「鼻?」
「目で見ると、遅いのよ。匂いが変わった瞬間に、火から下ろすの」
母はそれ以上は手を出さずに、居間に戻っていった。
ベルは言われたとおりに、鍋をまわした。
砂糖が溶けて、透明になる。泡が立つ。泡が大きくなって、ゆっくりになる。
鼻を近づける。
甘い匂いがほんの少しだけ、変わった。焦げる手前の、香ばしい匂い。
この匂い、知ってる。
ギアの匂いだった。 ベルは鍋を火から下ろした。
◇
工房の梁の上に、ギアがいた。
ベルは作業台の上に、紙に包んだものを置いた。四角く切った、小さなキャラメル。三つだけ。端がほんの少しだけ焦げていた。
「……何、それ」
ギアが梁の上から見下ろした。
「キャラメル」
「見ればわかるわよ」
「あげる」
ベルはギアの顔を見ずに言った。
「怒鳴って、ごめん。隠してることがあるって、決めつけて、ごめん。……言えないことがあるのは、わかった。言えるようになったら、でいいから」
ギアは、黙っていた。
やがて、梁から降りてきた。紙の包みの前に立って、キャラメルを一つ、両手で抱えた。自分の頭くらいの大きさがあった。
角を、齧る。 かり、と小さな音がした。
「……焦げてる」
「ごめん」
「焦げてるけど」
ギアは、もう一口、齧った。
「ちょうどいい」
ベルは、顔を上げた。
ギアはキャラメルを抱えたまま、翅を小さく震わせていた。焦げた砂糖の匂いが、工房いっぱいに広がっていた。どちらの匂いなのか、もうわからなかった。
「……あの子も、よく焦がしてたわ」
ギアはキャラメルに顔を埋めるようにして言った。
「林檎を剥かせれば実のほうが薄くなるし、砂糖を煮せれば必ず焦がすし。でも、私は、その焦げた匂いが好きだった」
ベルはギアの隣に座った。
二人で、残りのキャラメルを食べた。焦げて、苦くて、甘かった。




