第8話 一通の封筒
少女と会った、数日後のことだった。
その日は、朝から、家の空気が、いつもと違った。
じいちゃんが、一通の封筒を手に、難しい顔をして座っていたんだ。
立派な封筒だった。
白くて、厚くて、表に金色の紋章が押してある。明らかに、うちみたいな貧乏ブリーダーには、不釣り合いな代物。
「じいちゃん、それ……?」
「お前宛だ、ソウマ」
俺は、封筒を受け取った。
差出人の名前を見て――息を、のんだ。
『国立 蒼空ドラゴン学園』。
この国で、いちばん有名な、ドラゴンテイマーの養成学校。
全国から、選ばれたエリートだけが集まる、超名門。
うちみたいな家の人間には、一生、縁のない場所のはずだった。
封を切る。
指が、少し、震えていた。
中の便箋は、上等な紙だった。手に取るだけで、こいつが、本物の"格"を持った学園からのものだと、分かる。
そこには、こう書いてあった。
――『貴殿のダンジョンでの活動を確認しました。特別推薦の対象として、入学試験への招待を行います』。
「……は?」
俺は、思わず、声を出した。
推薦? 入学試験への、招待?
なんで、うちに。なんで、俺に。
そこまで考えて――ふと、あの少女の言葉が、蘇った。
『あなたみたいに、妙な腕を持った子は、すぐに、嫌でも目立つことになる』。
……まさか。
あいつが、何か関係してるのか?
それとも、ダンジョンでの俺たちの戦いを、誰かが、見ていたのか。
どっちにしても、はっきりしたことがある。
世界は、もう、俺とタマに、気づき始めてる。少女の言ったとおりに。
「キュ?」
タマが、俺の足元で、首をかしげた。
なんでもない、というふうに、頭を撫でてやる。
でも、内心、心臓が、ばくばくしていた。
その日の夜。
家族三人で、ちゃぶ台を囲んだ。
話題は、もちろん、あの封筒のことだ。
「蒼空学園、だと……」
じいちゃんが、ぼそりと言った。
その声には、驚きと、それから、少しの――懐かしさみたいなものが、混じっていた。
「じいちゃん、知ってるのか? その学園」
「ああ。……昔は、うちのドラゴンも、あそこに何匹も卸してた。天野のドラゴンといえば、蒼空学園じゃ、ちょっとは名の知れた存在だったんだ」
俺は、驚いた。
潰れかけのうちにも、そんな時代があったのか。
「あのころは、よかった。うちで育てたドラゴンが、学園で立派に育って、いずれ、この国を背負うテイマーの相棒になる。……そういう、誇りがあった」
じいちゃんの目が、遠くを見るように、細くなる。
「だが、時代が変わった。札束で、強い卵を買う連中が増えてな。手間ひまかけて、信頼で育てる、うちみたいなやり方は……古い、って、笑われるようになった」
その声には、悔しさが、滲んでいた。
俺は、何も言えなかった。
じいちゃんが、どんな思いで、この家を、守ってきたのか。それを、今、少しだけ、分かった気がした。
「だが、それも、昔の話だ。今のうちにゃ、あんな名門に出すような、立派なドラゴンは……」
じいちゃんの言葉が、途中で、止まった。
その視線が、俺の足元の、タマと、ヒノに、向いていた。
二匹は、ちゃぶ台の下で、仲良く、丸くなっている。
じいちゃんは、何も言わなかった。
でも、その目が、言っていた。
――こいつらが、いるじゃないか、と。
そのときだった。
「……行くべきだよ」
声がした。
ひなただった。
俺は、驚いて、妹のほうを見た。
ずっと、俺を軽蔑してた、あのひなたが。
その口から、出てきた言葉が、それだったから。
「ひなた……?」
「勘違いしないで」
ひなたは、ぷいっと、顔をそむけた。
でも、その頬は、ちょっと、赤かった。
「お兄ちゃんのため、とかじゃない。……ただ、その学園に行けば、うちの家も、また、少しは知られるかもって、思っただけ」
ああ。そうか。
ひなたは、ずっと、家のことを考えてる。
兄が認められることより、この潰れかけの家が、もう一度、立ち直ること。それだけを、願ってる。
「それに」
ひなたは、ちらっと、タマとヒノを見た。
「……その子たち。前に見たときより、ちょっと、強そうな顔になってる。お兄ちゃんが、ちゃんと、育ててるんだなって……」
そこまで言って、ひなたは、はっとしたように、口をつぐんだ。
「な、なんでもない! とにかく、行けばいいと思う、ってだけ!」
そう言って、ひなたは、さっさと自分の部屋に行ってしまった。
……今の、聞いたか。
あのひなたが。俺のドラゴンを、ちょっとだけ、認めた。
胸の奥が、じんわり、あったかくなった。
まだ、軽蔑は、解けてない。
でも、確かに、何かが、動き始めてる。氷が、ほんの少しずつ、溶けるみたいに。
待ってろ、ひなた。
いつか、お前に、胸を張って言わせてやる。「うちの兄貴は、すごいんだ」って。
じいちゃんが、ふっと、笑った。
「ひなたも、ああ言ってる。……行ってこい、ソウマ」
「でも、じいちゃん。試験って、何があるか……」
「なに。お前には、こいつらがいる」
じいちゃんは、タマとヒノの頭を、ぽんぽんと、撫でた。
「お前が、最弱から育てた、自慢のドラゴンたちだ。胸を張って、ぶつけてこい」
その言葉に、俺は、覚悟が、決まった。
蒼空ドラゴン学園。
全国のエリートが集まる、名門。
ハズレと笑われた俺と、ハズレ卵のタマ。
そこに、殴り込みをかけてやる。
その夜、俺は、布団の中で、改めて、タマのステータスを開いた。
【タマ】 資質ランク E
レベル5
スキル:産卵
レベル上限:なし
資質ランク、E。最低ランク。
あの学園に集まるのは、AだのSだの、選ばれたエリートばかりだろう。
数字だけ見れば、勝ち目なんて、ない。
でも――俺は、知ってる。
このタマには、上限がない。どこまでも、強くなれる。
そして、こいつは、卵を産む。仲間を、増やせる。
あいつらエリートが持ってるのは、生まれつきの、才能だ。
いい卵を引いて、高いランクをもらって、それで勝負する。
確かに、強い。最初から、強い。
でも、才能は、そこで止まる。生まれたときの天井が、決まってる。
俺たちは、違う。
タマは、止まらない。今日より明日、明日より明後日、ずっと、強くなり続ける。
しかも、一匹が、二匹になり、二匹が、もっと増えていく。
エリートが、生まれ持った才能で勝負するなら。
俺は、育成と、軍団で、勝つ。
時間をかけて、コツコツ積み上げて、最後にぜんぶ、ひっくり返す。
それが、俺の――いや、前世から何千時間も積み上げてきた、俺だけの戦い方だ。
負ける気は、しない。
「タマ。ヒノ。明日から、もっと忙しくなるぞ」
二匹は、すやすやと、寝息を立てている。
……まあ、お前らは、今は、ゆっくり休んどけ。
窓の外、夜空には、星が瞬いていた。
その星空の、ずっと先に。
いつか俺たちが立つ、大きな舞台が、待っている気がした。
ハズレからの、逆転劇。
その、本当の幕開けが――もうすぐ、始まる。
───────
【あとがき】
第八話、読んでくれてありがとうございます!
ついに、物語が動き出しました。
名門・蒼空ドラゴン学園からの、招待状。
狭い家とダンジョンの日々から、大きな世界へ――!
そして、ひなたの、ほんの少しの心の変化。
「その子たち、強そうな顔になってる」
この一言、言わせるまで、長かった……(笑)
▼次回予告
いよいよ、蒼空ドラゴン学園へ!
エリートだらけの入学試験。
ハズレ少年と、ちびドラゴンの挑戦が始まる!
「続きが気になる」と思ってもらえたら、
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次回から、新章スタートです。お楽しみに!




