第7話 二匹の連携と、見知らぬ少女
ヒノが生まれて、三日が経った。
その間、俺は家の庭で、ヒノの基礎を鍛えた。
じいちゃんの指導つきだ。走り方、火の吐き方、力の加減。ヒノは覚えが早くて、なにより、やる気の塊だった。
「キュキュッ!」
「よし、いいぞ。次は、もうちょっと遠くを狙え」
ボッ、と、ヒノが口から火を吐く。
最初は足元を焦がすだけだった炎が、今は、五メートル先の的に届くようになっていた。
タマは、その様子を、縁側から眺めている。
我が子の成長を見守る親、みたいな顔で。……まあ、実際そうなんだけど。
「タマも、体は戻ったか?」
「キュルッ」
元気な返事。
産卵のあと、タマのHPは、12まで減っていた。
普通の戦いでHPが減るぶんには、一晩寝れば元に戻る。でも、産卵で減ったぶんは、別だ。命を削ってる、ってことなんだろう。三日かけて、ようやく満タンに戻った。
……無理は、させらんないな。
でも、その三日で、タマもしっかり休めた。今は、絶好調だ。
よし。
二匹、揃って動ける。
なら――次の段階だ。
「明日、三ツ岩窟に潜る。ヒノの、初めての実戦だ」
ヒノが、わっと跳ねた。
タマは、やれやれ、って感じで、ゆっくり立ち上がる。
二匹のドラゴンを連れて、ダンジョンに潜る。
……ちょっと前まで、ハズレ一匹で笑われてた俺が、な。
悪くない。悪くない気分だ。
翌日。
三ツ岩窟の、入り口付近。
いつもの、青く光る通路を進む。
タマは俺の肩、ヒノは足元を、ちょこちょこ走っている。初めてのダンジョンに、目をきらきらさせて。
「ヒノ。はしゃぐのはいいけど、俺の指示は聞けよ。実戦は、遊びじゃないからな」
「キュッ」
返事はいい。聞いてるかは、分かんないけど。
しばらく歩くと、最初の敵が出た。
いつものファイアリザードだ。炎を背に灯した、トカゲ。
「ヒノ……は、やめとくか」
俺は、ヒノを手で制した。
こいつは、炎属性。そして、ヒノも、炎。
炎に炎をぶつけても、効きが悪い。同じ属性同士は、相性が最悪なんだ。これは、前世のゲームでも、現実でも、変わらない理屈だろう。
「タマ、頼む。これは、お前の獲物だ」
「キュルッ」
タマが、肩から飛び降りる。
タンッ、と地を蹴って、一瞬で消える。ドガッ、と体当たり。あっという間に、ファイアリザードを片づけた。
「ヒノ、見たか。お前の炎は、炎のやつには効きにくい。相手によって、お前が出るか、タマが出るか、変わる。それを、覚えとけ」
「キュ……」
ヒノは、ちょっと不満そうだった。
自分も戦いたかったんだろう。でも、これも大事なことだ。
「焦るな。お前の出番は、ちゃんと来る」
そして、しばらく進んだ、そのとき。
ガサッ、と、岩陰から、別のモンスターが現れた。
今度は、ファイアリザードじゃない。
ぶよぶよした、大きな芋虫みたいなモンスター。体長は、俺の腕くらい。湿った体を、もぞもぞとくねらせている。
ステータスを見る。
ケイブワーム
レベル4
属性:虫
「……虫型。来た、ヒノ。今度は、お前の出番だ」
虫に、炎は、よく効く。燃えやすいからな。
ヒノの炎が、活きる相手だ。
「ヒノ。遠くから、炎をぶつけろ。近づくな。お前は、距離を取って戦う魔法型だ」
「キュ……ッ!」
ヒノが、ぐっと、息を吸い込んだ。
胸のあたりが、ぼうっと、赤く光る。
ケイブワームが、こっちに気づいた。
ぬめる体を、ずるずると引きずって、にじり寄ってくる。動きは、遅い。
まだだ。ひきつけろ。
ケイブワームが、距離を詰める。三メートル。二メートル。
今だ。
「撃て、ヒノ!」
ゴオッ!!
ヒノの口から、炎が噴き出した。
まっすぐ、ケイブワームに直撃する。
ギャアッ、と悲鳴。
虫のケイブワームには、炎がよく刺さる。一発で、体が、ジュウッと音を立てて焼け焦げる。
でも――まだ、倒れない。さすがに、一発じゃ仕留めきれない。
ケイブワームが、怒って、ぬめる体を、こっちに飛びかからせてきた。
ヒノは、まだ次の炎を、ためてる。間に合わない。
まずい――
と、思った、次の瞬間。
タンッ。
俺の肩から、影が消えた。
タマだ。
ドガッ!!
タマの体当たりが、ケイブワームの横っ腹に突き刺さる。
ぶよぶよの体が、勢いよく弾き飛ばされて、岩壁にぶつかった。ベチャッ、と鈍い音。
助けた。タマが、ヒノの前に、割って入った。
「ナイスだ、タマ! ヒノ、今だ! もう一発!」
ヒノは、もう、ためを終えていた。
タマが作った、この一瞬の隙。
「キュアアアッ!」
ゴオオッ!!
二発目の炎が、よろけたケイブワームを、真正面から飲み込んだ。
ケイブワームは、ひときわ大きく鳴いて――光の粒になって、消えた。
……やった。
倒した。ヒノの、初めての獲物だ。
そして、何より。
今の、見たか。
タマが、ヒノをかばって、隙を作った。ヒノが、そこに炎を叩き込んだ。
息が、合ってた。
二匹が、ちゃんと、連携した。
素早いタマが前に出て敵を止めて、ヒノが後ろから炎で仕留める。
物理と魔法。前と、後ろ。
……いいぞ。これは、いい。
頭の中で、前世のゲームの感覚が、ちょっとだけ蘇る。
役割を分けて、組み合わせる。あの、編成の楽しさ。
まだ二匹。でも、一匹のときには、できなかったことだ。
「お前ら……いいコンビじゃないか」
二匹が、得意げに、俺の足元に戻ってきた。
タマも、ヒノも、ちょっと胸を張ってる。似た者親子だな、ほんと。
その日は、何匹か狩った。
属性を見て、タマとヒノを使い分ける。相性のいい相手にヒノ、悪い相手にタマ。
その采配が、面白いように、ハマっていった。
夕方。
そろそろ帰るか、と、出口に向かって歩いていた、そのとき。
「――ねえ、君」
通路の後ろから、声がした。
振り返ると、そこに、女の子が立っていた。
歳は、俺と同じくらい。背筋がぴんと伸びて、身なりもいい。きれいな顔立ちなのに、その目だけが、氷みたいに冷たかった。
その肩には、見たこともない、青い鱗のドラゴンが乗っていた。鱗の一枚一枚が、水面みたいに、ゆらゆら光ってる。
ステータスを、ちらっと見る。
アクアドラゴン
資質ランク A
レベル23
……ランクA。しかも、レベル23。
うちのタマが5で、ヒノが生まれたばっかりだってのに、桁が違う。
こいつ、相当、ちゃんとしたテイマーだ。ただ者じゃない。
「さっきの、見てたわ」
少女は、まっすぐ俺を見て、言った。
値踏みするような、視線。
「あなた、二匹のドラゴンを、同時に動かして、連携させてた」
どきっとした。
「ドラゴンを何匹も持ってる人なら、いくらでもいる。お金さえあれば、卵は買えるもの。でも――それは、ただ"持ってる"だけ」
少女は、すっと目を細める。
「戦いの場で、二匹を同時に操って、連携させる。あんなの、できるのは、よっぽど腕のいい上級テイマーだけよ。普通は、一匹を動かすので精一杯。複数なんて、指示がごちゃごちゃになって、まともに戦わせられない」
……そうなのか。
俺にとっては、当たり前だったんだけどな。前世のゲームじゃ、何十体も同時に動かしてたし。
でも、この世界の"普通"は、違うらしい。
一匹を操るのが基本。二匹を連携させるだけで、もう、上級者の領域。
「なのに、あなたみたいな子供が、平然とやってる。しかも、あの灰色の小さいの……あれ、見たことない種類ね」
少女の目が、タマに向く。
俺は、とっさに、タマを手で隠すようにした。
タマの能力――卵を産むことや、レベル上限なしのことは、まだ、絶対に、誰にも知られたくない。
「あなた、何者?」
……まいったな。
目立たないように、こっそり育ててたつもりだったのに。
でも、この子の目は、ただの好奇心じゃ、なかった。
もっと、何か。確かめるような。見透かそうとするみたいな。
「……ただの、ブリーダーの息子だよ」
俺は、なるべく平静を装って、そう答えた。
少女は、しばらく俺を見て――それから、ふっと、笑った。
馬鹿にしたものでも、優しいものでもない。何かを、面白がってるような笑みだった。
「まあ、いいわ。名乗らないなら、それでも」
そして、くるりと背を向ける。
「でも、覚えておいて。あなたみたいに、妙な腕を持った子は、すぐに、嫌でも目立つことになる。――この国の、ドラゴンの世界は、そんなに甘くないから」
その言葉を残して、少女は、青いドラゴンとともに、ダンジョンの奥へと消えていった。
……なんだ、あいつ。
でも、ひとつだけ、はっきりした。
俺とタマのことは、もう、完全な秘密じゃ、いられないかもしれない。
世界が、少しずつ、こっちに気づき始めてる。
その夜。
俺は、布団の中で、あの少女の言葉を、思い出していた。
――この国の、ドラゴンの世界は、そんなに甘くない。
タマが、俺の枕元で、丸くなる。
ヒノは、その隣で、もう寝息を立てていた。
守らなきゃな。こいつらも。家族も。
まだ見ぬ"甘くない世界"に向けて。
俺は、静かに、覚悟を決め始めていた。
───────
【あとがき】
第七話、読んでくれてありがとうございます!
ヒノの初実戦!
タマがかばって、隙を作って、ヒノが炎で仕留める。
二匹の息がぴったり合った瞬間は、書いてて楽しかったです。
やんちゃなヒノと、それを見守るタマ。
この凸凹コンビ、これからもっと活躍します。
そして、現れた謎の少女と、ランクAのドラゴン。
彼女は、敵? 味方? ……それは、これから。
▼次回予告
少女の言葉どおり、ソウマたちに、大きな転機が。
平穏だった日々が、動き出す――!
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次回、物語が大きく動きます。お楽しみに!




