第77話 決戦・二 還す
「キュルッ!」
扉の向こうから届いた声ははっきりしていた。
遠くない。すぐ背中にいるみたいな声だ。
止まっていた光の糸がぴんと張る。
「タマ……!」
◇
現世。学園最上の境目。
タマは縦穴の縁で、四本の足をふんばっていた。
首輪がぎちぎちと軋む。
灰色の体の奥で、何かが外へ出たがっている。
「タマ、無理をするな!」
じいちゃんの声が震える。
タマは振り向かない。
右の前足をそっと首輪にそえた。
あの日、自分でこらえると決めたときと同じ仕草。
外さない。
こらえたまま、ありったけを扉へ流しこむ。
それがタマの選んだやり方だ。
「支えるぞ!」
鷹宮がタマの横腹に肩を入れた。
シルバーホークが翼を広げ、吹き上げる風を受け止める。
霧島レイは反対側に回った。
アクアドラゴンの水の膜が熱を帯びたタマの体を冷やしていく。
「円城寺さん、榊先生も!」
二人が駆け寄る。
円城寺はタマの首に手を添えた。
榊先生は太い腕で尾を抱えこむ。
じいちゃんは正面から、タマの顔を両手で包んだ。
そして、もう一人。
「……がんばれ、タマ」
ひなただった。
小さな手がタマの背中に置かれる。
震えている。
でも離さない。
「お兄ちゃんが向こうで待ってるんでしょ。だったら、がんばれ」
首輪がひときわ大きく鳴った。
それでも外れない。
光だけが縦穴の底へ、まっすぐ落ちていった。
◇
向こう側。
背中の扉から、太い光が流れこんでくる。
弱りかけていた糸がみるみる太くなった。
俺は視る。
――共鳴率 91% → 94%――
「来てる……! タマが送ってくれてる!」
だが、始まりの星も黙っていない。
黒い腕が何十本もうねりながら襲ってくる。
「ゴロ! ドーム!」
「グモォォン!!」
ズゥン、と岩の天蓋がせり上がる。
黒い腕が叩きつける。
ひび。
崩落。
すぐに建て直す。
背の尖塔が欠けては生え、また欠けた。
それでもゴロは、一歩も退かない。
「ナギ、ゴロに慈雨!」
「コポポ……!」
やさしい雨が割れた岩肌をなでていく。
傷がふさがる。
ゴロがもう一度、胸を張った。
「メイ、茨の檻! 腕をまとめて縛れ!」
「ふよぉっ!」
棘の蔦が地面から噴き上がる。
黒い腕を三本、四本と絡め取り、ぎちりと締め上げた。
メイの足が震えている。
人見知りのちびが世界を書き換える腕を押さえこんでいるのだ。
――共鳴率 94% → 97%――
「ソラ、ヒノ! 雷紅蓮! 核まで道を開けろ!」
「ピィイィッ!」
「キュキュアッ!」
ソラが雷をまとう。
その翼に、ヒノの紅蓮が乗った。
雷の速さで、炎が走る。
――ヂヂィッ、ゴオオッ!!
黒い体に、一直線の穴が穿たれた。
その奥に、赤黒い光。
核だ。
悲しみの、いちばん底。
「ルゥゥ……!」
ツキが最後の光を振りしぼる。
その光が扉から来たタマの光と重なった。
五匹の胸の欠片がいっせいに灯る。
――共鳴率 100%――
音が消えた。
タマの光。ツキの光。五つの欠片。
七つの光がひとつの白になる。
「今だ、ソウマ!」
父さんの声に背を押されて、俺は走った。
雷紅蓮が開けた道をまっすぐに。
核の前で止まる。
熱くない。
凍えるほど寂しい光だった。
視えている一行をもう一度読む。
相棒:なし(喪失)
俺は手を伸ばした。
「あんたの相棒は、もういない」
核がびくりと震える。
「でも、あんたは独りじゃない。あんたの嘆きから生まれた竜たちが、世界中で誰かの相棒になってる」
指先が核に触れた。
「俺のタマも、その一匹だ」
手のひらに伝わる、ざらりとした感触。
タマの頭をなでるときと、同じ手触りだった。
◇
現世。
縦穴の縁で、タマが小さく鳴いた。
「キュー」
甘えるときの声だ。
ひなたが目を丸くする。
「今の……お兄ちゃんに甘えたの?」
◇
始まりの星の動きが止まった。
黒い腕が一本ずつ垂れていく。
体の表面から、黒がはがれ落ちる。
ぱらり。
ぱらり、ぱらり。
その下から現れたのは灰色の鱗。
タマと同じ色。ツキと同じ色だ。
まん丸の目が俺を見下ろす。
黒い涙はもう流れていなかった。
『……ソウカ』
頭の中に声が響く。
ざらついた声じゃない。
ひどく疲れた、年寄りの声。
『……ヒトリデハ、ナカッタノカ』
巨大な竜がゆっくりとまぶたを閉じる。
首を地面に横たえ、長い息を吐いた。
百五十年ぶりに、やっと眠れる。
そんな顔だった。
「倒さずに、還したのか」
父さんが呆然とつぶやく。
「僕が五年、押さえることしかできなかったものを」
ツキが「ルゥ」と短く鳴いた。
よくやった、と言うみたいに。
光の糸の向こうに、あいつのステータスが浮かぶ。
タマ
レベル48 → 50
スキル:???(閉じたまま)
首輪:あり
首輪はつけたまま。
力に呑まれず、こらえて届けた分の成長だ。
お前、やっぱりすごいよ。
「よし。帰ろう、みんな」
ヒノが「キュア」と跳ねる。
メイがほっとして、その場にへたりこんだ。
その足元で。
ぴし、と音がした。
黒い硝子の地面に、ひびが走る。
一本。三本。十本。
遠くの地平線が音もなく崩れはじめた。
「まずい」
父さんの顔から、血の気が引く。
「あれが眠ったから、ここを支えるものがなくなったんだ。向こう側そのものが、閉じる」
振り返る。
扉の光ははるか遠く。
針の先ほどの、小さな点だった。
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【あとがき】
第七十七話、読んでくれてありがとうございます。
タマは首輪を外しませんでした。こらえたまま、ありったけを届ける。第七十話で自分で選んだ強さを、今度はソウマのために使った回です。現世で支えてくれたみんなの手も、書いていて胸が熱くなりました。
そして始まりの星。倒すのではなく、還す。ソウマが最後に届けたのは技ではなく「独りじゃない」という言葉でした。百五十年ぶりの眠りが、穏やかなものであってほしいと思います。
でも、ほっとしたのも束の間。支えを失った向こう側が、崩れはじめます。扉は遠い。ツキも父も、もう限界に近い。
次回、崩れる世界からの脱出です。全員で帰れるのか、見届けてください。




