第75話 始まりの星
闇の中に、一歩踏みこむ。
足元に地面はない。
それなのに、体は落ちなかった。
まるで、誰かの夢の中を歩いているみたいだ。
「……でかい」
ソラが俺の肩で羽を逆立てる。
ゴロが低く「グモッ」とうなった。
真ん中にうずくまる影は山よりも大きかった。
黒い霧が分厚い鎧みたいに全身を覆っている。
あれが別のものの本体。
ここへ来た日に核を撃った、あの影の奥にいたものだ。
その霧がゆっくりと呼吸していた。
吸うたびに、闇がきしむ。
吐くたびに黒い霧がこぼれて、書換獣の形になりかけては崩れていく。
黒の奥で、また灰色が光った。
鱗だ。
一枚が家の屋根ほどもある。
「……まさか」
父さんの声がかすれていた。
ツキがふらつく足で前に出る。
灰色の巨体を見上げて、ツキは動かなくなった。
同じ色。
同じ形の鱗。
タマと、ツキと、まったく同じだ。
「竜、なのか。あれは」
答えを知る方法は一つしかない。
俺は目をこらして、それを視た。
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種族:▓▓#_█▓
資質:計測不能
運:∞▓▓▓
状態:#$▓█_▓
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頭が割れそうに痛む。
底なしの穴を、のぞきこむ感覚。
境目で初めて視たときと、何も変わらない。
でも、今の俺には欠片がある。
五匹が俺のそばにいる。
遠くの扉の向こうではタマがつながっている。
「みんな、少しだけ貸してくれ」
ヒノとソラとメイが俺の足にぴたりと体を寄せた。
ゴロとナギも、背中に触れる。
五つの欠片がほのかに灯った。
その光を、目の奥へ流しこむ。
文字化けの嵐の、いちばん奥。
ノイズがほんの一瞬だけ静まった。
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種族:▓▓#_█▓
資質:計測不能
運:∞▓▓▓
相棒:なし(喪失)
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「相棒……なし」
声に出した瞬間、胸の奥に何かが流れこんできた。
知らない景色だった。
どこまでも続く草原。
見たこともない衣をまとった青年が、小さな灰色の竜を肩に乗せて笑っている。
まん丸の目。
ちょこちょこ歩く足。
タマに、そっくりだった。
場面が切り替わる。
燃える村。
倒れた青年。
竜がその体を鼻先でつついている。
何度も。
何度も。
青年はもう目を開けない。
竜が鳴いた。
声にならない声で。
世界そのものがその悲鳴に揺さぶられた。
大地が裂ける。
知らない土地がこちら側に重なる。
裂け目から、竜が、魔物が、ダンジョンがあふれ出していく。
――百五十年前。
ドラゴンとダンジョンが世界中に同時に現れた日。
「そういう、ことか」
景色が消え、俺は闇の中に戻った。
膝が笑っている。
父さんが俺の腕を支えていた。
「ソウマ。今、何を視た」
「父さん。あれは、敵じゃない」
俺は黒い霧の奥の灰色を見上げた。
「最初の“星”だ。百五十年前、相棒の人間をなくした竜なんだ」
父さんの目が見開かれる。
「その悲しみが、世界を書き換えた。ドラゴンもダンジョンも、あの竜の嘆きの余波だったんだよ」
「ばかな……」
父さんがツキを見た。
ツキは灰色の巨体を見上げたまま、小さく震えていた。
「僕は五年、あれと向き合ってきた。ただの災厄だと思っていた。ツキも、何も」
「父さんには視えなかった。……俺だって、この目がなきゃわからなかった」
そのとき、闇の奥で声がした。
『……ホシ、ハ』
今までとちがう声だった。
取引を持ちかけた、あのねばつく声じゃない。
迷子の子どもみたいに、細い声だ。
『ドコ、ダ。……ドコニ、イル』
ああ、そうか。
ずっとそう聞いていたんだ。
星はどこだ。
タマを連れてこい。
あれは奪うための声じゃなかった。
なくした相棒の代わりを、探す声だった。
星を集めれば、胸の穴が埋まる。
百五十年、ずっとそう信じて、手を伸ばし続けてきたんだ。
手の中がじわりと熱くなる。
胸の奥で、扉の向こうのタマが鳴いた気がした。
キュ、と小さく。
あいつも、わかっているのかもしれない。
「倒す相手だと、思ってた」
俺はつぶやいた。
三匹がじっと俺を見上げる。
「でも、ちがう。あれは、独りぼっちの竜だ」
ハズレの卵を抱えて、笑われて。
E組の教室の隅で、独りでタマを撫でていた日。
あのときの俺と、何も変わらない。
あいつには撫でてくれる手がなかっただけだ。
「父さん。俺、あいつを倒さない」
「ソウマ」
「還す。……あいつを、眠らせてやりたい」
父さんはしばらく黙っていた。
それから疲れきった顔で、ほんの少しだけ笑った。
「お前らしい。……僕の息子だ」
ツキが低く長く鳴いた。
「ルゥゥ……」
それは遠い祖先を呼ぶ声のようだった。
闇がゆれる。
うずくまっていた巨体がゆっくりと身じろいだ。
黒い霧がはがれ落ち、灰色の頭がもたげられる。
巨大なまぶたが持ち上がっていく。
その下から現れたのは――。
まん丸の目だった。
タマと同じ、賢そうで、どこかさびしげな目。
そして、その目から。
黒い涙がひとすじこぼれた。
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【あとがき】
第七十五話、読んでくれてありがとうございます。
ついに、別のものの正体を明かしました。百五十年前に相棒を失った、最初の“星”の竜。「星ハ、ドコダ」「連レテコイ」という声は、奪うための声ではなく、なくした相棒の代わりを探す声でした。ドラゴンもダンジョンも、この竜の嘆きの余波です。
第58話からずっと「倒すべき怪物」として描いてきました。その怪物が、ハズレと笑われ独りでタマを撫でていたソウマと重なる。この反転を書くために、ここまで積み上げてきました。ソウマの答えは「倒さない。還す」です。
黒い涙を流す、タマと同じ目。次回、決戦が始まります。
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