第71話 中心へ
タマの光が静まっていく。
共鳴の糸の向こうで、それを最後まで視ていた。
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タマ Lv46 → 48
スキル:産卵/???
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開かなかった。
あいつは自分で、こらえた。
「……よくやった、タマ」
声が震える。
胸が熱くて、しばらく言葉が出なかった。
でも次の数字が、その熱を一瞬で冷やした。
――境界:安定度 20%――
タマが覚醒をこらえた分、扉へ流れる力が細くなっている。
このままだと扉が閉じる。
俺たちは、こっち側に置き去りだ。
「どれくらい、もつ」
父さんが聞く。
俺は安定度の減り方を視た。
一分で、およそ一%。
「二十分もない。帰る道を残すなら、もっと短い」
「なら、今すぐ本体の核を叩くしかない」
父さんが立ち上がる。
黒く揺らぐ腕を、マントの下に隠して。
「ツキ。行けるか」
ルゥゥ……。
ツキが低く鳴き、重い体を起こした。
焚き火の灯りが、ふっと消える。
五年守った結界を、ここで捨てるということだ。
「父さん、その体で――」
「お前も、両方諦めないんだろう」
父さんが、少しだけ笑った。
「なら僕も、諦めない方に賭ける」
ゴロがツキの横に並び、大きな肩を貸す。
グモッ。
ツキが目を細め、その背に頭を預けた。
◇
本体の中心は、黒い大地のずっと奥にある。
視る力で追うと、赤黒い脈が一本の道のように続いていた。
最初の難所は谷だった。
一歩踏みこんだ瞬間、体がふわりと浮く。
上下が、逆さまだ。
足元に黒い闇。頭上に地面。
石ころが上へ向かって落ちていく。
「重力が書き換えられてる……!」
谷の上下から、書換獣が湧いた。
黒い体。目のない顔。
逆さの壁を這い、四方から迫ってくる。
「ソラ、上を――」
「ソラは下だ」
父さんの声が重なった。
「この谷では下が上だ。飛べる子は、ソウマの言う“上”へ飛ばせばいい。逆だ」
一瞬で意味がわかった。
俺は視た方向を、そのまま逆にして叫ぶ。
「ソラ、足元へ! サンダー・ダイブ!」
ピィイィッ!
ソラが黒い闇へ“落ちていく”。
いや、この谷ではそれが急降下だ。
バチイィッ!
雷が書換獣の核を貫き、三体まとめて崩れた。
「メイ、蔦で足場を作れ!」
「ゴロはその蔦の上に!」
俺と父さんの声が、交互に飛ぶ。
ぶつからない。
同じ盤面を、別の角度から見ている感じだ。
メイの蔦が谷を横切り、網になる。
ゴロがその上で踏んばり、ツキを支える。
ヒノの炎が、残った書換獣の核を焼いた。
抜けた。
ぽすん、と普通の地面に戻る。
ゴロだけが勢いあまって転がり、仰向けで足をばたつかせた。
グモォ……。
ソラがその腹の上に着地して、ピィ、と得意げに鳴く。
「からかうな、ソラ」
思わず笑った。
笑えることが、少しだけ救いだった。
◇
次は森だった。
木々の色が、ひと呼吸ごとに変わる。
赤い幹が青に。緑の葉が紫に。
目が追いつかず、距離感が狂う。
「目で見るな。音で動け」
父さんがそう言い、目を閉じた。
俺は逆に、目を見開く。
色は狂っても、ステータスは狂わない。
「右の三本目、奥に二体! 左上にも一体!」
「ナギ、霧を右へ。ヒノ、霧の切れ目だけ撃て」
コポポ。キュア!
霧の中で、炎が二度光った。
左上から落ちてきた一体は、メイの蔦が空中で捕まえる。
ソラの雷が、それを核ごと撃ち抜いた。
森を抜けたところで、光が走る。
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ゴロ Lv61 → 62
ソラ Lv68 → 69
ナギ Lv45 → 46
メイ Lv45 → 46
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ヒノだけは、数字が動かない。
もう上限だ。
それでも誰よりも前に出て、鼻から火の粉を散らしている。
――境界:安定度 12%――
急がないと。
◇
走りながら、ずっと胸にあったことを口にした。
「父さん」
「なんだ」
「父さんは、なんでハズレを育てる人になったの」
父さんは少しだけ黙った。
それから横を歩くツキを見た。
「ツキはな。生まれたとき、いちばん弱い卵だった」
ツキが、ルゥ、と小さく鳴く。
「病気がちで、みんなに笑われた。灰色で、ちっちゃくて」
タマと同じだ。
「僕は毎晩、寝ずに育てた。そうしたら気づいたんだ」
父さんの目が、遠くを見た。
「どんな竜にも、活かし方がある。見つけられないのは、竜のせいじゃない。育てる側の目が足りないだけだ」
榊先生から聞いた言葉だった。
でも本人の声で聞くと、胸の奥にまっすぐ届いた。
「……俺も、同じこと思ってた」
「知ってる」
父さんが、今度ははっきり笑った。
「さっきの谷で見た。お前の指示は、僕の考え方とそっくりだ。教えてもいないのに」
照れくさくて、前を向いた。
ヒノが俺の肩で、キュキュ、と鳴く。
なに赤くなってんだ、と言われた気がした。
◇
黒い大地が、急に開けた。
目の前に門がある。
黒い石を積み上げた、見上げるほどの門。
その奥から、赤黒い脈が一本の太い束になって流れこんでいた。
「中心だ……」
本体の核は、この向こうにある。
そのとき、頭上が暗くなった。
門の上に、影が落ちる。
広げた翼が、門の幅をはみ出していた。
ばさり。
巻き起こる風だけで、ゴロの巨体が半歩下がる。
目のない顔が、ゆっくりとこちらへ向いた。
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虚ろの門番
資質:計測不能
――核:あり(位置不明)――
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巨大な書換獣が、翼を広げて舞い降りてくる。
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【あとがき】
第七十一話、読んでくれてありがとうございます。
タマがこらえた代わりに、扉の残り時間が一気に減りました。重力が逆さの谷、色が狂う森。父とソウマ、二人の指示が噛み合っていく道行きです。
「どんな竜にも、活かし方がある」。榊先生から聞いていた言葉を、ようやく父本人の声で聞けました。ツキもまた、笑われたハズレ竜だったんです。
門の上から舞い降りる、翼の書換獣。核の位置は見えません。次回、空中戦です。




