↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/79

第70話 タマの選択

 学園最上、境目の縁。

 小さな灰色の竜が、縦穴の前に座っていた。


 タマ。

 ソウマたちが渡ってから、一度もここを動いていない。

 扉を開け、保ち続けている。


 その首で、首輪が鳴った。


 ぎしり。


 じいちゃんが顔を上げる。

 鷹宮とレイも、同時に振り向いた。


「……今の音は」


 榊先生の声が低くなる。

 タマの体が小刻みに震えていた。

 ついさっき、向こう側で何かが倒れた。

 その反動が、扉ごしにここまで届いたのだ。


 縦穴の底が赤く明滅する。

 壁一面の古い模様が、脈を打つように光った。


 『――ハズセ』


 声が頭の中に直接響いた。

 ざらついた、人ではない声。


 『オマエハ、ホシダ。ハズセ。コラエル、ヒツヨウハ、ナイ』


「グルルゥ……!」


 タマが唸る。

 首輪がまた軋んだ。

 ぎちり。ぎちり。

 留め具のあたりから、細い光が漏れはじめている。


「まずいわ……!」


 円城寺が青ざめた。


「あれに呼ばれている。首輪が、もたない」


 タマの背に、星のような光の粒が浮かぶ。

 鱗の灰色が、夜の色へにじんでいく。

 あの日の闘技場で、鷹宮が目にした姿。

 覚醒の入口だ。


「シルバーホーク!」


 鷹宮が叫ぶ。

 銀の翼が広がり、縦穴から吹き上がる黒い風を押し返した。


「レイ、水で包め! 熱を逃がす!」


「わかってる!」


 アクアドラゴンの水の膜が、タマをそっと覆う。

 ジュウ、と白い湯気が立った。

 熱い。膜の内側で、何かが煮え立っている。


「持って、あと数分……!」


 レイの額に汗が浮かぶ。

 榊先生がタマの横に膝をつき、小さな体を支えた。

 円城寺は首輪の模様に手をかざす。

 それでも光は強くなる一方だった。


 じいちゃんだけが、動かなかった。

 いや、動けなかった。


 五年前、息子は相棒と一緒に消えた。

 あのとき自分は、何も知らずに家で待っていただけだった。

 今度もまた、見ていることしかできないのか。


「おじいちゃん!」


 甲高い声が、廊下の奥から飛んできた。


 ひなただった。

 制服のまま、息を切らせている。


「帰りが遅いから……っ、何、これ……!」


 ひなたは足を止めた。

 縦穴。赤い光。

 その前で震えている、灰色の小さな竜。


「……タマ?」


 いつも縁側で腹を出して寝ている竜。

 兄の肩で、あくびばかりしている竜。

 その竜が、見たこともない光に呑まれかけている。


「ひなた、下がっとれ」


「やだ!」


 ひなたは駆け寄り、タマの前にしゃがんだ。


「お兄ちゃんは? お兄ちゃんはどこ?」


 じいちゃんは縦穴の奥を見た。

 それで、ひなたには伝わった。


 ひなたの唇が震える。

 それでも泣かなかった。

 タマの前足に、そっと手を重ねた。


「……タマ。お兄ちゃん、待ってるんでしょ」


 キュ……。


 かすれた声。

 ひなたの手を見たタマの目が、ほんの一瞬だけいつもの丸さに戻った。


 じいちゃんが、ようやく一歩前へ出た。

 膝をつき、タマと目の高さを合わせる。


「タマ。聞け」


 しわだらけの指が、首輪に触れた。

 自分が作った首輪だ。


「この首輪はな。あいつが、おれに作らせたもんだ」


 あいつ。ソウマの父。自分の息子。


「模様はあいつが持ちこんだ。これじゃなきゃだめだと言ってな」


 ぎしり。首輪が鳴る。


「わけは一度しか聞いとらん。これがあれば、あの子はまだ眠っていられる。そう言うた」


 じいちゃんは、タマの額に自分の額を寄せた。


「でもな、タマ。おれは職人だ。道具は作れても、竜の心までは決められん」


 声がかすれる。


「外すか外さんかは、最後はお前が決めることだ。おれも、ソウマも、それを責めやせん」


 『ハズセ』


 声が重なる。

 縦穴の底から、黒い風が噴き上がった。

 鷹宮の顔がゆがむ。


「くそっ、押される……!」


 タマは目を閉じた。


 留め具から、光があふれかける。

 背の星がまぶしく瞬く。

 眠っていたはずの何かが、首輪の内側で目を開けかけている。

 あと一押しで、開く。


 ――そのとき。


 タマが、自分の前足を持ち上げた。


 ゆっくりと。

 小さな前足が、首輪にそえられる。


 外すためじゃない。

 押さえるために。


 ぎち、と首輪が鳴った。

 タマの体が大きく揺れる。

 内側から押し返してくる何かを、小さな体でこらえている。

 震えながら、それでも前足は離さない。


 一秒、二秒、三秒。


「……キュルッ」


 短い、いつもの声だった。


 光が、静まっていく。

 背の星がひとつずつ消える。

 夜の色だった鱗が、ゆっくり灰色へ戻っていく。

 首輪の軋みが、止まった。


 『……ナゼ、ダ』


 縦穴の底の声が、はじめて揺れた。

 タマは答えない。

 ただ前足を首輪にそえたまま、じっと扉の向こうを見ている。

 ソウマのいる方を。


 円城寺が、口元を押さえた。


「……覚醒じゃない」


 その目に、涙がにじんでいた。


「あの子、自分でこらえたのよ。誰にも言われずに」


 鷹宮が、長く息を吐く。


「僕は勘違いしていたらしい」


 銀の翼を下ろし、小さな灰色の竜を見る。


「こいつの強さは、あの化け物の力じゃない。こらえる方だ」


 じいちゃんがタマの頭をなでると、首輪のそばで淡い光が一度だけ瞬いた。

 その光を、扉の向こうで視ている者がいた。

 共鳴の糸の先にいる、ソウマだ。


  ――――――――

  タマ Lv46 → 48

  スキル:産卵/???

  ――――――――


 タマの体が、ほんの少しだけ力強くなっていた。

 レイが目を丸くする。


「強くなってる……覚醒でもないのに」


 こらえたことが、この子の経験になった。

 じいちゃんには、そう思えた。


 ひなたが、タマの頭をそっとなでる。

 タマは目を細め、ひなたの手に頬をすり寄せた。

 キュー、と甘えた声。


「……お兄ちゃんの竜、すごいね」


 ひなたの声は小さかった。

 でも、はっきりと聞こえた。


 じいちゃんは何か言いかけて、やめた。

 代わりに、孫娘の頭へ手を置く。


 その瞬間だった。


 ズン、と足元が揺れる。

 縦穴を満たしていた白い光が、ぐらりとかしいだ。

 円城寺が境目の壁に手を当て、息を呑む。


  ――境界:安定度 20%――


 タマが覚醒をこらえた分、扉へ流れる力が細くなっていた。


「扉が、閉じかけてる……!」


 縦穴の向こうには、まだソウマたちがいる。



───────


【あとがき】


 第七十話、読んでくれてありがとうございます。


 全編、現世側。ソウマのいない場所で、タマがはじめて自分で選ぶ回でした。外せと呼ばれて、前足を首輪にそえる。覚醒ではなく、こらえる強さ。この場面を書くために、首輪の話をずっと積み上げてきました。


 そして、ひなたの「お兄ちゃんの竜、すごいね」。兄を軽蔑していた妹の、はじめての言葉です。


 ここまで読んで、タマを応援したいと思ってもらえたら、★とブックマークで教えてもらえるとうれしいです。本当に励みになります。


 扉の安定度は20%。向こう側のソウマたちは、どうするのか。次回から中心へ向かいます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。