第69話 首輪のない竜
灰色の竜が一歩、前へ出た。
それだけで黒い大地が波打つ。
首輪がない。
タマの首にいつもある、あの古い首輪が。
代わりに首の付け根で、赤黒い光が脈打っている。
体はタマよりふた回り大きい。
背中には星のような光の粒。
そして目。
まん丸のはずの目が、血の色に光っていた。
「……タマ?」
口が勝手に動いた。
わかっている。あれは写しだ。
さっき倒した写しの軍団と同じ、“別のもの”の偽物。
なのに胸の奥がざわつく。
俺は視た。
――――――――
写しのタマ
属性:無
資質:計測不能
運:∞
首輪:なし
――――――――
運、無限。
見せつけたいのはこれか。
首輪を外し、こらえるのをやめたタマ。
“別のもの”が本物にさせたい姿だ。
「来るぞ! ゴロ、前へ!」
グモォォン!
ゴロが地を踏む。岩の壁がせり上がる。
写しのタマは、ちらりと目を向けただけ。
壁が砂になった。
崩れたんじゃない。
最初から砂だったみたいに、さらさらと流れ落ちていく。
「書き換え……!」
灰色の尾が振られる。
ドゴォッ!
ゴロの巨体が宙を舞い、背中から地面をえぐった。
起き上がれない。
「ソラ、雷光の翼!」
ピィイィッ!
雷をまとったソラが突っこむ。
バヂイィッ!
当たった、はずだった。
刃の先で、写しの体が半歩ずれている。
いや、ずれたのは世界の方だ。
ヒノの炎が逸れる。
ナギの水が湯気になって消える。
メイの蔦は触れる前に灰色の糸になり、ぷつりと切れた。
一匹、また一匹。
五匹が弾き飛ばされていく。
「ソウマ、下がれ……!」
父さんが叫ぶ。
でも立てない。黒く揺らぐ腕を押さえ、膝をついたままだ。
ツキも低く唸るだけ。
結界を保つので精一杯なんだ。
写しのタマが、俺を見た。
赤い目。
足が動かない。息が浅くなる。
――これが、タマの本当の力なのか。
首輪を外せば、あいつはこうなるのか。
俺が守ってきたのは、こんな化け物の眠りだったのか。
膝が折れかけた。
そのとき背中に、柔らかいものが触れる。
メイだった。
蔦を焼かれ、泥だらけで。
それでも頭で俺の背中を押している。
ふよぉ。
立って。
そう言われた気がした。
メイは生まれた日、タマの首輪をじっと見ていた。
こいつらは知っている。
自分たちを産んだ竜が、どんな顔をしているか。
俺はもう一度、写しの目を見た。
違う。
タマはこんな目をしない。
まん丸で、ぐうたらで、腹が減るとすぐ拗ねる目。
それでも危ないときほど、じっとこらえる目だ。
鷹宮と戦ったあの日。
首輪が軋み、世界が歪んで。
それでもあいつは戻ってきた。
自分でこらえて、俺のところへ。
首輪は父さんとの約束だ。
でもそれだけじゃない。
タマが自分で選んで、こらえてきた証なんだ。
「お前はタマじゃない」
声が出た。震えは止まっていた。
「タマは、こらえる竜だ。お前には、それがない」
赤い目が、わずかに細くなる。
落ち着け。視ろ。
写しの軍団と同じだ。どんなに強くても、ひとりきり。
なら穴はある。
書き換えの直前、必ず赤い目がそちらを向く。
壁も、ソラも、炎も。
あいつは視たものしか書き換えていない。
そして首の付け根。
首輪があるはずの場所で、赤黒い点が脈打っている。
――核:首の付け根――
「全員聞け! 目を潰して、首を縛って、そこを撃つ!」
グモッ。コポ。ピィッ。キュア。ふよ。
五つの声が返ってくる。
「ナギ、慈雨! そのまま霧!」
コポポ……!
やさしい雨が降る。
五匹の傷が洗われていく。
続けてナギが白い霧を吐いた。
濃い霧が写しの顔を包み、赤い目がぐるりと泳ぐ。
「ゴロ、グランド・ドーム! あいつを閉じこめろ!」
グモォォォン!
岩の天井がせり上がる。
今日は仲間を守るためじゃない。
写しを囲う、岩の檻だ。
天辺に一つだけ、穴を残して。
「メイ、茨の檻! 首だけでいい!」
ふよぉっ!
穴から棘の蔦がなだれ込む。
巻きつく。締まる。
写しが暴れ、ドームが軋む。
ゴロが歯を食いしばり、内側から押し返してくる力に耐えた。
「ソラ、道を開けろ!」
ピィイィッ!
ソラが急降下する。
雷の刃が穴の縁を削り、大きく広げる。
霧が割れた。
蔦の隙間から、首の付け根がのぞく。
「ヒノ」
ヒノが俺を見る。
二匹目。いちばん長い付き合いの、やんちゃな炎竜。
「――紅蓮の吐息」
キュアアアッ!
細く、細く絞った炎。
一本の紅い線。
霧を貫く。
蔦の隙間を抜ける。
首の付け根の、赤黒い一点へ。
ジュッ――。
小さな音だった。
写しのタマが動きを止める。
赤い目から、光が抜けていく。
灰色の体がひび割れ、黒い砂になって崩れ落ちた。
静寂。
ヒノが振り返り、キュキュと得意げに鼻を鳴らす。
――――――――
ヒノ Lv49 → 50(上限)
ゴロ Lv60 → 61
ソラ Lv67 → 68
ナギ Lv44 → 45
メイ Lv44 → 45
――――――――
ヒノ、上限到達。
D生まれの炎竜が、ここまで来た。
もうレベルは伸びない。
それでもこいつは、今日いちばんの仕事をした。
「偽物とはいえ、星を相手に一匹も欠けずに……」
父さんが、かすれた声でつぶやく。
「見事だ、ソウマ」
俺は首を振った。
見抜けたのは、タマの顔を知っていたからだ。
六匹で過ごした毎日が、偽物を偽物だと教えてくれた。
そのとき。
頭の奥に、扉の向こうが映った。
共鳴だ。タマとつながる糸が、景色を運んでくる。
現世。境目の縁。
扉を保ち続ける、小さな灰色の背中。
その首で、首輪が大きく軋んだ。
ぎしり。
――――――――
タマ Lv46
スキル:産卵/???
――――――――
閉じたままの「???」が、うっすらと光りはじめていた。
───────
【あとがき】
第六十九話、読んでくれてありがとうございます。
首輪のない、赤い目のタマ。“別のもの”が本物にさせたい姿です。書いていて、いちばん見たくないタマでした。
それでもソウマは折れませんでした。タマはこらえる竜だと、誰よりも知っているからです。そしてヒノが、ついに上限の50へ。いちばん長い付き合いの一匹に、決めの一撃を任せたかった回です。
偽物を倒した反動が、現世のタマに届きます。次回は全編、現世側。タマ自身の話です。




