第67話 共鳴
手の震えが止まらないまま、夜が明けた。
焚き火の向こうで、五匹が丸まって眠っている。
ヒノの尻尾を枕にしたメイ。
ゴロの背にもたれたナギ。
ソラだけが片目を開けて、闇を見張っていた。
この子たちの母親を、ここへ呼ぶ。
それはつまり、あれに星を差し出すことだ。
呼ばない。
あの夜、そう決めた。
なのに、ほかの道が見えない。
「……考えろ」
声に出して、自分の頬を叩いた。
手がじんと痺れる。
ぐうたらでも、諦めるのだけは嫌いなんだ。
それはタマも同じだった。
視る力を、まだ視ていないものへ向ける。
竜でも、敵でもない。
扉だ。
俺は目を閉じ、五匹の胸の奥の欠片に意識を合わせた。
欠片から伸びる、細い光の糸。
昨日、タマの声を運んできた糸だ。
それを、たぐるように辿っていく。
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境界:開
安定度:41%
接続:星/星
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接続の欄に、名前が二つ並んでいた。
タマとツキ。
「父さん。扉がつながってるのは、タマの力だけじゃない」
焚き火のそばで目を開けた父さんが、身を起こす。
「ツキとタマの、響き合いだ。母と子の力で、向こうとこっちが一本の糸になってる」
「それは、わかっていたことだ」
「うん。大事なのは、その先だ」
俺は地面に枝で線を引いた。
右にタマ。左にツキ。
その間に、扉。
ツキのまわりに、五つの小さな丸。
「タマを、ここへ呼ぶんじゃない」
五つの丸から、扉を通って、タマへ線を伸ばす。
「扉を通して、タマの力を借りる。タマは現世にいたまま、中心になってもらう」
父さんの目が、線を追った。
「扉を、糸にするのか」
「ああ。欠片と中心をつなぐ糸だ。タマ本体はこっちに来ない。あれの手は届かない」
五匹の欠片が束にならないのは、中心がないからだ。
なら、中心は遠くにあってもいい。
糸さえ、つながっていれば。
「だが、星の力を扉ごしに流せば、あの子が保たない。首輪が」
「首輪は外さない」
きっぱりと言った。
「首輪は、父さんがじいちゃんに作らせた抑えだろ。だから外さない。外さないから、力は少しずつしか流れてこない」
「……少しずつ」
「一気に来たら、タマが壊れる。首輪があれば、安全な量だけが細く来る。それで十分なんだ。受けとめる側が、五匹いるから」
一匹で全部を受けたら、器が割れる。
五匹で分ければ、一匹ぶんは小さくて済む。
いつもの、うちのやり方だ。
父さんは、しばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくり立ち上がる。
「やってみろ」
◇
五匹を、扉の方角へ向けて輪に並べた。
真ん中には誰も置かない。
そこが、タマの場所だ。
「いいか。今日は、お前たちの呼吸に合わせない」
五匹がそろって首を傾げた。
「合わせるのは、タマの呼吸だ。扉の向こうで、あいつがどう息をしてるか。感じてみろ」
目を閉じる。
糸をたぐる。
遠い。
でも、確かにいる。
縦穴の縁で、扉を保ったまま丸くなっている小さな背中。
その首輪が、ゆっくりと上下していた。
「タマ。聞こえるか」
キュ。
「少しだけ、力を貸してくれ。無理はするな。首輪が止めるぶんだけでいい」
キュルッ。
糸が、ぴんと張った。
扉の方角から、細い光が流れこんでくる。
灰色の、やわらかい光。
輪の真ん中に、ぽつりと落ちた。
五匹の胸が、いっせいに光る。
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共鳴率 12%
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昨日の最高を、もう超えた。
光が、ばらけない。
赤も青白も、真ん中の灰色へ引きよせられていく。
ぐらりと揺れて、でも戻る。
「ゴロ、下で支えろ。ナギ、揺れを宥めろ」
グモッ。
コポ。
ゴロの茶色い光が、輪の底を固める。
ナギの水色の光が、揺れる端をそっと撫でる。
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共鳴率 31%
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ソラの羽から、ぱちぱちと火花が散りはじめた。
ヒノの体から陽炎が立つ。
力が満ちすぎて、こぼれかけている。
「メイ。はみ出すぶんを、蔦で縛ってやれ」
ふよぉ。
若葉色の細い蔦が、輪のまわりを一周した。
こぼれそうな光を、やさしく内側へ押し戻す。
学園の縦穴で、扉をこじ開けた日と同じだ。
器はゴロ。宥めるのはナギ。余りを縛るのはメイ。
場所が変わっても、やることは変わらない。
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共鳴率 47%
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五つの光が、真ん中の灰色に溶けた。
ひとつの光になる。
白でも灰色でもない。
焚き火よりずっと明るい、澄んだ光。
ほんの一瞬、それが輪の上に浮かんだ。
ツキが、目を見開いた。
ルゥゥゥ……と長く鳴く。
まるで、懐かしいものを見たみたいに。
光がふっとほどけた。
五匹がそろって、へたりと座りこむ。
息は荒い。
でも、昨日みたいに倒れてはいなかった。
俺はすぐに、糸の先を視た。
タマは、無事だ。
首輪が軋んでいない。
扉の安定度も、41%のまま動いていない。
膝から力が抜けた。
笑いがこみ上げてくる。
「できた……!」
背後で、父さんが立ちつくしていた。
黒い右腕を、左手で握りしめたまま。
「僕は」
かすれた声だった。
「五年かけて、この答えにたどり着けなかった」
「父さんには、一匹しかいなかったからだよ」
「違う」
父さんが首を振る。
「一匹でも、糸にするという考えは持てたはずだ。僕は、ツキに全部を背負わせることしか知らなかった」
父さんは五匹を見て、それから俺を見た。
「お前は、背負わせない。分けて、支えあわせる。……いいテイマーになったな」
胸が詰まって、返事ができなかった。
そのとき。
ソラが、ばっと飛び起きた。
羽を逆立てて、地平を睨んでいる。
地平の闇が、ぐにゃりと歪んでいた。
本体だ。
さっきの光に反応したんだ。
黒い塊が、うねりながら形を変えていく。
ひとつが、六つに割れた。
背に岩の尖塔をのせた影。
細い翼を広げ、羽先に火花を散らすもの。
しなやかに首を伸ばす水の竜。
頭に花を咲かせた、若葉の羽の影。
陽炎をまとい、紅く燃える体。
そして最後に。
まん丸の目をした、灰色の影。
俺の軍団と、同じ形だった。
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【あとがき】
第六十七話、読んでくれてありがとうございます。
タマを呼ぶのではなく、扉を糸にして力を借りる。首輪を外さないからこそ、安全な量だけが細く流れてくる。今回の答えは、第五十一話で扉をこじ開けたときのやり方の延長にあります。器はゴロ、宥めるのはナギ、余りを縛るのはメイ。
共鳴率は47%。五年かけても届かなかったと言う父に、ソウマはまだ返事ができませんでした。
そして、あれが写し取ったのは六つの形。みなさんは、あの影のどれが一番こわいと思いますか。




