↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/79

第66話 父の時間

「父さん、その腕」


 父さんは答えず、マントを引き寄せて腕を隠した。

 遅い。もう見てしまった。


「見せてくれ」


 しばらくして、父さんは観念したように袖をまくった。


 黒い。

 手首から肘の上まで、墨を流したように染まっている。

 輪郭がちらちらと揺れて、ときどき向こうが透けた。


 俺は視た。


  ――――――――

  侵食:右腕全域/胸部へ進行中

  ▓▓▓▓:残り▓▓

  ――――――――


 胸部へ。

 腕だけじゃない。もっと奥まで来ている。


「いつから」


「渡って一年目には、指先が黒くなっていた」


 父さんは焚き火に目を落としたまま言った。


「あれを押しとどめるたびに、少しずつ書き換えられる。僕の体は、この世界に食われていくんだ」


「なんで黙ってた」


「言ってどうなる。お前は来てしまったあとだ」


 声は静かだった。

 ずっと前から覚悟していた人の声だ。


「だから来るなと言った。ここは、長くいる場所じゃない」


「……長くって、どれくらいだ」


「わからない。胸まで届けば、たぶんそこまでだ」


 父さんが、俺をまっすぐ見た。


「ソウマ。僕のことはいい。欠片が集まったなら、ツキと一緒に核を潰せ。それが済んだら、五匹を連れて帰れ」


 頭の奥で、何かがぷつりと切れた。


「ふざけんなよ」


 父さんの目が見開かれる。


「五年待ったんだ。写真の中の顔しか知らなくて。やっと会えたのに、置いて帰れって言うのか」


「ソウマ」


「核も潰す。父さんも連れて帰る。両方だ。片っぽなんて選ばない」


 息が荒くなっていた。

 五匹がこっちを見ている。

 ヒノまで、心配そうに尻尾を下げていた。


「両方、諦めない。それが俺だ」


 焚き火がぱちりと爆ぜる。

 父さんは長いこと黙っていた。

 やがて、ほんの少しだけ口もとがゆるむ。


「誰に似たんだか」


「父さんだろ。榊先生が言ってた。まっすぐな馬鹿だって」


「……あいつめ」


 父さんが小さく笑った。

 ツキが薄目を開け、ルゥゥと喉を鳴らす。


 ◇


 夜が更けた。

 五匹は焚き火の反対側で丸くなり、寝息を立てている。

 ツキの寝息と重なって、ゆっくりした音がつづいていた。


 父さんが、ぽつりと言った。


「お前の目は、母さんに似たな」


 心臓が跳ねた。

 母さん。

 顔も知らない人だ。

 じいちゃんも、あまり話したがらなかった。


「母さんって、どんな人だった」


「あの人は」


 父さんが口を開きかけて、止まった。

 焚き火をじっと見つめる。

 何かを選ぶように、唇が動いて。

 それから小さく首を振った。


「いや。帰ってから話そう」


「なんで今じゃだめなんだ」


「約束が一つあったほうが、人は帰ろうとするものだ」


 ずるい言い方だった。

 でも、それ以上は聞けなかった。


 ◇


 翌朝。

 俺は五匹を焚き火の前に並べた。


「欠片を五つ、重ねる。やり方は三匹のときと同じだ」


 ヒノ。ゴロ。ソラ。ナギ。メイ。

 五つの鼻先を、輪になるように寄せさせる。


「メイの息に合わせろ。ゆっくりだ」


 ふよ。


 メイの呼吸に、ナギが合わせる。

 ナギに、ゴロが。

 ゴロに、ヒノとソラが。


 五匹の胸の奥が、ぽうっと光った。

 赤。茶。青白。水色。若葉色。

 三匹のときより、はるかに明るい。


 いける。


 そう思った瞬間。

 光がぶるりと震えた。


 赤は右へ。青白は上へ。茶は下へ沈む。

 五つの光が、それぞれ勝手な方へ引っぱりあう。


  ――――――――

  星の欠片 共鳴率 3% → 1% → 0%

  ――――――――


 ぱちん、と弾けて消えた。

 五匹がそろってよろける。

 ゴロはそのまま後ろへひっくり返った。


「もう一回だ」


 二回目。

 三回目も。

 十回目になっても。


 何度やっても同じだった。

 一瞬だけ光って、ばらばらに散る。

 三匹のときの四%にすら届かない。


 昼を過ぎるころには、五匹とも息が上がっていた。

 メイの花がしぼんでいる。

 ソラの羽から、火花が出なくなっていた。


「今日はここまでだ」


 父さんが言った。

 反論の言葉が出てこない。


 五匹を休ませて、俺はひとりで焚き火の前に座った。

 考えろ。

 何が違う。


 三匹のときは、光が互いに引きよせられた。

 五匹だと、互いに引っぱりあう。

 数が増えたから、弱くなった。

 そんな理屈、あるか。


 目を閉じて、さっきの光景を頭の中で巻き戻す。

 視る力で見た、光の動き。


 赤はヒノへ。青白はソラへ。

 それぞれの光が、自分の持ち主へ戻ろうとしていた。


 三匹のときは、どうだった。

 あのとき、光はどこへ集まっていた。


 メイだ。

 メイの呼吸に合わせたから、メイのほうへ寄っていった。

 でも、メイの欠片もただの欠片だ。

 三つなら支えられた。

 五つは支えきれない。


 束ねるには、中心がいる。

 欠片じゃない。

 欠片を産んだ、元のもの。


 星そのもの。


 この向こう側で星と呼べるのはツキだけだ。

 でもツキの力は、もう二割しか残っていない。

 結界を保つだけで精一杯だ。


 なら、残るのは。


 手のひらに、タマの首輪の手ざわりがよみがえる。

 冷たい金具。古い模様。

 出発の朝、こつんと当ててきた頭の重さ。


 息が浅くなる。


「……結局、タマを呼ぶしかないのか」


 声に出したとたん、手が震えはじめた。

 膝の上で握りしめても、止まらなかった。



───────


【あとがき】


 第六十六話、読んでくれてありがとうございます。


 父の腕の黒は、五年間あれを押しとどめてきた代償でした。僕のことはいい、と言う父。両方諦めない、と怒るソウマ。この親子のぶつかり合いは、ずっと書きたかった場面です。


 そして、母さんの話。父は何を言いかけて、やめたのか。「約束が一つあったほうが、人は帰ろうとする」。この言葉は、覚えておいてもらえると嬉しいです。


 五つの欠片は束ねられませんでした。足りないのは中心。中心になれるのは、星そのもの。


 みなさんなら、ここでどうしますか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。