第65話 群れを穿て
地平線が、こちらへ押し寄せてくる。
黒い波だ。
四つ足の書換獣が、何百と重なって走ってくる。
地面を叩く足音が、腹の底まで響いた。
「数は」
父さんが短く聞く。
「五百を超えた。まだ増えてる」
五年、父さんとツキが二人きりで押しとどめてきたもの。
その全部が、今夜いっせいに牙をむいた。
でも、今夜は違う。
俺の前には五匹がいる。
「全員、聞け。五匹そろって初めての全力戦だ」
キュア。グモッ。ピィ。コポ。ふよ。
五つの声が、ぴたりと重なった。
「ゴロ! グランド・ドーム! 結界ごと包め!」
グモォォォン!!
ゴロが四肢で地面を踏みしめる。
ゴゴゴゴッ!
岩の壁が四方からせり上がり、頭上で閉じた。
焚き火も、ツキも、父さんも。
全部をひとつの岩の要塞が呑みこむ。
直後、黒い波がぶつかった。
ドゴォンッ!
ドームが揺れる。天井から砂がこぼれる。
それでも割れない。
「ゴロ、耐えられるか」
グモッ。
短い返事。
のんびり屋が、今は一歩も譲らない顔をしている。
「ナギ! ドームの外に霧だ!」
コポポ……!
ナギがドームの隙間から白い霧を吐き出す。
霧は地面を這い、群れの足もとを埋めていく。
目のない獣でも、気配で獲物を探っている。
なら、その気配をぼかせばいい。
先頭の群れがぐるぐると迷いはじめた。
「メイ! 茨の檻を三つ! 群れを割れ!」
ふよぉぉっ!
メイが前足を地面に突き立てる。
ドームの外で、棘の蔦が三か所せり上がった。
檻じゃない。今日は壁だ。
黒い波が三つに裂かれ、細い流れになっていく。
「ソラ! 上から核を抜け!」
ピィイィッ!
ドームの天辺に開けた穴から、ソラが飛び出した。
雷光の翼。
青白い閃光が、裂かれた流れの真上を走る。
バヂッ!
バヂッ!
バヂヂッ!
一匹、また一匹。
胸の左だけを抜いていく。
崩れた影を踏み越えて、次の影が来る。
「ヒノ! 流れの出口に紅蓮! まとめて焼け!」
キュキュアアッ!
ヒノが大きく息を吸った。
メイの壁で細くなった流れの先。
そこに黒い体が団子になっている。
ゴオオオオッ!
紅い炎の線が、団子を串刺しにした。
十匹ぶんの核が、一度に弾ける。
黒い砂が、雨みたいに降った。
止める。割る。抜く。焼く。
五匹の仕事が、歯車みたいに噛みあっていく。
「右の流れ、太くなってる」
背中で声がした。
父さんが、ドームの隙間から外を見ていた。
「メイの壁を一歩内側へ寄せろ。流れを細くすれば、ヒノが二度撃たずにすむ」
はっとした。
その通りだ。俺は前しか見えていなかった。
「メイ、右の壁を寄せろ!」
ふよっ!
蔦がぐいと動く。
流れが細くなり、ヒノの一撃が全部を焼き尽くした。
「ソウマ。左は僕が見る。お前は正面と上だ」
「わかった!」
父さんが左を指さす。
俺が正面を指さす。
五匹が、二つの声に迷わず応える。
まるで、ずっと前からこうしていたみたいに。
父さんの横顔が、焚き火の光に浮かんでいた。
こけた頬に、少しだけ血の色が戻っている。
五年ぶりに、あの人がテイマーの顔をしていた。
群れが薄くなりはじめた、そのとき。
ズシン。
地面が、下から突き上げられた。
霧の向こうに、ひときわ大きな影が立ち上がる。
四つ足じゃない。
熊のように後ろ足で立った、黒い巨体。
背丈はゴロの倍。
腕の一振りで、メイの壁が根こそぎ吹き飛んだ。
「群れの長か……!」
俺は視た。
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書換獣(大型)
資質:##
核:胸左/背中右
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核が、二つ。
ソラが胸の左を抜く。
バヂィッ!
崩れかけた巨体が、すぐに元へ戻った。
背中の核が、胸を書き直している。
「一つずつじゃだめだ。二つ同時に潰す」
「胸と背中を同時に、か」
父さんが眉を寄せる。
正面と真後ろ。
一匹では、どうやっても届かない。
「ソラは背中に回れ。ヒノは正面で胸を狙え」
「息が合わなければ、また戻るぞ」
「合わせる。メイ、ナギ、あいつを止めろ!」
ふよぉぉっ!
コポポッ!
メイの茨が、長の両足に絡みつく。
ナギの水が足もとを泥に変える。
巨体がずぶりと沈み、膝をついた。
ゴロがドームの壁を一枚だけ開く。
ヒノがそこから一歩前へ出る。
ソラが長の頭上を越え、背中側へ回りこむ。
長が吼えた。
メイの蔦がぶちぶちと千切れていく。
もって、あと三秒。
「――今だ!」
ヒノが炎を吐く。
ソラが雷を落とす。
紅い線が、胸の左へ。
青白い刃が、背中の右へ。
ゴオッ。
バヂッ。
二つの音が、一つに重なった。
長の動きが止まる。
胸と背中に、小さな穴。
そこから黒い砂がこぼれ出す。
巨体がゆっくり傾いた。
膝が崩れる。
腕が落ちる。
そして音もなく、砂の山になった。
長を失った群れが、ばらばらに散っていく。
迷い、ぶつかり、霧の中で崩れていく。
最後の一匹をヒノが焼いたとき、地平線はもう静かだった。
ゴロがドームを解く。
焚き火の灯りが、ふたたび夜を照らした。
五匹がその場にへたりこむ。
俺は一匹ずつ、順番に視ていった。
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ヒノ Lv46 → 48
ゴロ Lv56 → 58
ソラ Lv64 → 66
ナギ Lv40 → 42
メイ Lv39 → 42
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全員、上がっている。
五匹そろった最初の戦いで、全員が。
「よくやった。お前たちは最高だ」
ソラが、ヒノの頭をぺしっと翼ではたく。
背中は自分が撃ったんだぞ、と言いたいらしい。
ヒノがキュアッと言い返し、ゴロの陰に逃げこんだ。
ゴロは迷惑そうにグモォと鳴いた。
父さんが、隣に立っていた。
「二人で指揮したのは、初めてだな」
「ああ。父さんの左、すごく助かった」
「お前の正面もだ」
父さんが笑った。
目尻にしわが寄る。
写真の中の笑顔と、同じ顔だった。
その顔が、ふいに歪んだ。
父さんの体がぐらりと傾く。
とっさに腕をつかんだ。
マントがめくれる。
その下の腕が、黒かった。
ただ黒いんじゃない。
輪郭がちらちらと揺れて、崩れた文字みたいに滲んでいる。
書換獣と、同じ色をしていた。
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【あとがき】
第六十五話、読んでくれてありがとうございます。
五匹そろっての、初めての全力戦でした。ゴロが守り、ナギが惑わせ、メイが割り、ソラが抜き、ヒノが焼く。五匹の役目がきれいに噛みあうところを、ずっと書きたかったんです。
そして、父と息子の二人の指揮。左は父、正面と上はソウマ。五年ぶりにテイマーの顔に戻った父の姿は、書いていて胸が熱くなりました。
ここで六十五話の節目です。
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勝利の直後に見えた、父の黒い腕。次回、その意味が明かされます。




