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『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


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第64話 五匹そろう

 ツキの巨体が、灰の上にどさりと崩れた。


「ツキ!」


 父さんが駆け寄り、大きな首を抱きかかえる。

 焚き火の炎がしぼんだ。

 灯りの輪がひと回り縮み、足もとまで闇が寄ってくる。


 俺はツキを視た。


  ――――――――

  ツキ

  属性:無

  状態:衰弱(重度)

  星の力:残り一割

  ――――――――


 一割。

 この灯りが消えれば、結界も消える。

 あの影は、今度こそ手加減しないだろう。


「五年も、無理をさせすぎた」


 父さんの声がかすれていた。

 ツキの額に自分の額を当てて、じっと動かない。


 考えろ。

 今ここにある手札は、ヒノとソラとメイ。三匹ぶんの欠片だ。

 さっき重ねたとき、光ったのはほんの一瞬だった。

 あれでは核どころか、ツキひとりも支えられない。


 足りないのは、あと二つ。


「父さん。ゴロとナギを呼ぶ」


 父さんが顔を上げた。


「現世に残した二匹か。あの子の守りはどうする」


「それを今から確かめる」


 俺は目を閉じた。

 三匹の胸の奥で、小さな欠片がかすかに光っている。

 その光は細い糸になって、ずっと遠くへ伸びていた。

 糸の先にいるのは、あいつだ。


「タマ。聞こえるか」


 キュ……ルッ。


 頭の奥で、懐かしい声が鳴った。

 まぶたの裏に景色が滲んでくる。


 学園最上、境目の縁。

 扉の前に座る、小さな灰色の背中。

 その横でゴロが岩の壁を張り、ナギが水の膜でタマを包んでいる。

 少し離れて、じいちゃんと円城寺と榊先生。

 そして銀の翼の竜と、青い水の竜。


 鷹宮とレイだ。


 俺は二人の竜を視た。

 シルバーホークに傷はない。

 アクアドラゴンの水も、まだ十分に残っている。

 書換獣の群れを退けたあとでも、息は整っていた。


 役目で考えればいい。

 必要なのはゴロそのものじゃない。タマの前に立つ「壁」だ。

 ナギそのものでもない。タマを宥める「水」だ。

 同じ仕事ができる竜がいれば、守りは回る。


 いける。


「鷹宮! レイ! 聞こえるか!」


 俺の声は糸を伝い、扉の底から響いたらしい。

 鷹宮が縦穴をのぞきこんだ。


「天野か。どこから喋っている」


「向こう側だ。時間がないから短く言う」


 ゴロとナギを、こっちへ呼びたい。

 代わりにタマを二人に預けたい。

 壁の役を鷹宮の風に。

 宥める役を、レイの水に。


 言い終えても、しばらく返事がなかった。

 先に口を開いたのはレイだ。


「水の膜なら、私のアクアでも張れる。ナギちゃんほど優しくはできないけど」


 鷹宮が、ふっと笑った気配がした。


「あの日、お前は僕に勝った。覚醒なしでな」


「……ああ」


「借りは、まだ返しきれていない。あの子は僕たちが守る。行け」


 胸の奥が熱くなる。

 ずっと追いかけてきた男の声が、今はこんなにも頼もしい。


「ゴロ、ナギ。行ってこい。ソウマが待っとる」


 じいちゃんの声だった。


 グモッ。

 コポ。


 ゴロがゆっくりとタマを振り返る。

 タマは扉から目を離さないまま、尻尾でゴロの脚をぽんと叩いた。


 キュルッ。


 行け、と。


 ◇


 焚き火の上の闇に、白い筋が走った。

 光の道だ。

 その先端から、丸い影がふたつ転がり落ちてくる。


 ドスンッ!


 地面が揺れて、灰が舞い上がる。

 晴れた灰の中で、背に岩の尖塔を生やした巨体が見事にひっくり返っていた。


「……ゴロ」


 グモォ……。


 起き上がれない。

 短い足が宙をかいている。

 いつものゴロだ。


 その横に、青く澄んだ水の竜がするりと降り立つ。

 ナギが首を傾げて、コポと鳴いた。


 真っ先に飛んできたのはソラだった。

 ひっくり返ったゴロの腹に着地して、ピィピィと跳ねる。

 からかっている。どう見ても。


 グモッ!


 抗議の声も、転がったままでは迫力がない。

 ヒノがゴロの肩に鼻先をねじこみ、よいしょと押し起こした。

 キュア、と得意げに胸を張る。

 メイはナギの首にしがみついて離れない。

 ふよぉ、ふよぉ、と何度も鳴いている。

 ナギは困った顔のまま、背びれでメイの頭をそっと撫でた。


 五匹。

 ばらばらに鳴いて、じゃれあって、それでも一つの塊みたいにくっついている。

 向こう側に来て初めて、俺は声をあげて笑った。


 父さんが五匹をじっと見ていた。

 炎。岩。雷。水。草。

 ひとつずつ確かめるように、視線が動いていく。


「これが、お前の軍団か」


「ああ。あと一匹、向こうで扉を守ってる」


 父さんは何か言いかけて、口をつぐんだ。

 目の端が、焚き火の色に光っている。


 でも、浸っている暇はない。


「ナギ。ツキを頼む。慈雨だ」


 コポポ……。


 ナギが首を持ち上げる。

 頭上に薄い雲が生まれ、やさしい雨が降りはじめた。

 しとしとと、ツキの灰色の鱗を濡らしていく。


  ――――――――

  ツキ

  状態:衰弱(中度)

  星の力:残り二割

  ――――――――


 一割が二割。

 たったそれだけ。でも、倍だ。


 ツキがゆっくり目を開けた。

 まん丸の目がナギを映す。

 ルゥゥ、と低く鳴き、大きな鼻先でナギの頭を押した。

 ありがとう、と言うように。


 焚き火が少しだけ背を伸ばす。

 灯りの輪も、さっきより一歩ぶん広がった。


「助かった」


 父さんが長い息を吐く。


 そのときだった。

 五匹が同時に、ぴたりと鳴きやんだ。

 ソラの羽先で火花が散る。

 ゴロが低く唸り、四肢を地面に踏んばった。


 地平線の向こうが、ざわりと動く。


 闇が盛り上がっていた。

 丘でも山でもない。

 数えきれない黒い体が、地平の端から端までを埋めている。


 『星ノ、カケラ。……フエタ』


 声が頭の内側をなでた。

 二匹が渡ってきた気配で、あれが目を覚ましたんだ。


 群れを視る。

 数字が流れていく。止まらない。

 百を過ぎ、三百を過ぎても、まだ増えていく。


 地平線いっぱいの書換獣が、いっせいにこちらを向いた。



───────


【あとがき】


 第六十四話、読んでくれてありがとうございます。


 ついに五匹がそろいました。ひっくり返るゴロ、腹に乗ってからかうソラ、起こしてやるヒノ、ナギから離れないメイ。書きながらずっと頬がゆるんでいました。


 そして鷹宮とレイ。かつてぶつかった二人に、ソウマはいちばん大事なタマを預けます。「あの子は僕たちが守る」。この一言が書けて、ほっとしています。


 次回は、五匹そろって初めての全力戦です。地平線を埋めるあの大群を、どう崩していくのか。見届けてもらえたら嬉しいです。


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