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『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


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第63話 灰色の母

「まだ話していないことって、何だ」


 じいちゃんの声は、静かだった。

 縦穴のふちに、円城寺と四人が向きあっている。

 榊、鷹宮、レイ、そしてじいちゃん。

 タマは変わらず光を送り続けていた。


 円城寺は、しばらく黙っていた。

 やがて、タマの首輪に目を落とす。


「五年前。あの人とツキが、向こうへ渡る前の夜のことよ」


「ツキ?」


「あの人の相棒の名前。灰色で、まん丸の目をした竜」


 じいちゃんの肩が、ぴくりと動いた。


「あの夜、ツキは卵を一つ産んだの。灰色の、小さな卵を」


 鷹宮が息をのむ。

 レイが、思わずタマを見た。


「あの人は、その卵を私に預けた。連れていけば、向こうで狙われる。だから、こちらで守ってほしいって」


「……それが」


「ええ。私は何年も、その卵を守った。そしてソウマくんの選定の儀の日に、祭壇へ置いたの」


 円城寺の声が、かすかに震えた。


「選定の光は、血に応える。何百という卵の中から、あの卵はソウマくんを選んだ。あの人の息子を」


 榊がゆっくりと目を閉じた。


「つまり、タマは」


「ツキの子よ。あの人の相棒が遺した、ただ一つの子ども」


 誰も、何も言えなかった。

 穴の底から、冷たい風だけが吹き上げてくる。


 じいちゃんが、長く息を吐いた。


「……やっぱり、そうだったか」


「知っていたの?」


「知らん。ただ、あの子の目を見るたびに思ってた。あいつの相棒と、同じ目をしてる、と」


 だから、あのとき言ったんだ。

 渡すべきじゃなかったかもしれん、と。


「なんで、今まで黙ってた」


 榊が低く聞く。

 円城寺は、タマから目をそらさなかった。


「言えば、あの子は母親のところへ行こうとする。首輪を外してでも。……そう思うと、怖かった」


 タマが、また小さく鳴いた。

 キュ……ルゥ……。

 さっきより、ずっと弱い声だった。


「さっきから、この子が苦しそうなのは」


 レイの問いに、円城寺はうなずいた。


「母親の気配を感じているの。向こうで、ツキが弱っていくのを」


 ◇


 同じころ。

 向こう側の焚き火のそばで、俺は父さんと向きあっていた。


「さっき、タマの声が聞こえた。苦しそうだった」


 俺がそう言うと、父さんは長いこと黙りこんだ。

 枯れ枝を一本、火にくべる。


「ソウマ。お前に、話しておくことがある」


 その声で、ただごとじゃないとわかった。


「タマは、ツキの子だ」


 焚き火が、ぱちりと爆ぜた。


「……は?」


「渡る前の夜、ツキが卵を産んだ。僕はそれを、円城寺に預けた。いつか、お前のところへ届くように」


 頭が、うまく回らない。


 選定の儀の日。

 公会堂の祭壇で、光とともに現れた灰色の卵。

 みんなに笑われた、ハズレの卵。


 あれは、父さんが残したものだった。


 ツキがゆっくりと首をもたげた。

 まん丸の目で、俺をじっと見る。

 初めて会ったときから、ずっと思っていた。

 タマに、そっくりだと。


 ルゥゥ……。


 低い、やさしい声だった。

 お前がうちの子を育ててくれたのか。

 そう言われた気がした。


「僕が名前をつけた。この子はツキ。月だ」


 父さんが、少しだけ笑う。


「お前はあの子を、タマと呼んでいるんだな。……丸いものの名前をつけるところまで、似たか」


 喉の奥が、熱くなった。


 俺はずっと、ハズレを育ててきたと思っていた。

 でも違った。

 父さんが最後に残したものを、俺はこの手で育ててきたんだ。


 何も知らないまま。

 ただ、あいつが好きで。


 それから、ふと気づいた。

 タマが産んだ五匹は、みんなタマの子だ。

 なら、ツキにとっては孫にあたる。


 だから、あのときツキはあんな目で三匹を見ていたのか。

 遠い親戚どころじゃない。

 自分の血を引く子たちを、見ていたんだ。


 ヒノが、そろそろとツキに近づいていく。

 大きな鼻先が、ヒノの頭をそっと撫でた。

 ヒノは目を丸くして、それから気持ちよさそうに目を細める。

 メイもおずおずと寄っていき、ツキの前足にぴとりとくっついた。


「……なあ、父さん。タマの声が苦しそうだったのは」


「ツキを感じているんだろう。母と子だ。扉ごしでも、力が響きあう」


 俺はツキを視た。


  ――――――――

  ツキ

  資質:▓▓

  体力:残りわずか

  星の欠片:なし(星そのもの)

  ――――――――


 体力の欄だけが、いやにはっきり読めた。

 残りわずか。


「父さん、ツキは」


 言いかけた、そのときだった。


 ツキの首が、がくりと落ちた。


「ツキ!」


 父さんが駆け寄る。

 巨体がゆっくりと横に崩れていく。

 寄り添っていたメイが、あわてて飛びのいた。


 焚き火の灯りがふっと小さくなる。

 結界の輪が、目に見えて縮んだ。

 その外の闇で、何かがざわりと動く気配がした。


 ツキの目は、半分閉じかけている。

 呼吸が、浅い。

 さっきまでの、ゆったりした寝息じゃない。


 視る力が、無情な数字を映していた。


 ツキの命が、尽きかけている。



───────


【あとがき】


 第六十三話、読んでくれてありがとうございます。


 タマは、父の相棒ツキの子どもでした。第一話でソウマが引いた灰色のハズレ卵。あれは、父が円城寺に託し、長い年月をかけてソウマのもとへ届いたものだったのです。


 知らないまま、ただ好きで育ててきた相棒が、父の残したものだった。じいちゃんの「やっぱり、そうだったか」には、第三十一話の「渡すべきじゃなかったかもしれん」への答えを込めています。


 そして、ツキにとってヒノたちは孫にあたります。大きな鼻先がヒノの頭を撫でる場面は、今回いちばん書きたかったところです。


 でも、そのツキの命が尽きかけている。

 ソウマは、母と子の両方を救えるのか。次回も見届けてもらえたら嬉しいです。

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