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『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


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62/79

第62話 こちら側の戦い

 同じころ。

 現世、学園最上の境目。


 底なしの縦穴のふちで、タマは一歩も動かずにいた。

 小さな体から淡い光がこぼれ、壁の模様へ流れこんでいく。

 扉を開けたまま保つ光だ。

 ソウマたちが渡ってから、一度も途切れていない。


 その周りを、ゴロのグランド・ドームが囲んでいた。

 岩の天井の内側で、ナギの水膜がタマをやさしく包んでいる。


「……また、震えてるな」


 天野玄三郎は、孫の相棒を見つめてつぶやいた。

 ソウマの祖父で、かつては名の知れた竜の育て手だ。

 タマの首輪が、ときおり小さく軋む。

 そのたびにタマは目をつむり、じっとこらえていた。


「さっきから、穴の底のほうばかり見ているわね」


 円城寺が言った。

 いつもの読めない微笑みは、どこにもない。


「向こうで、何かあったのか」


 榊が腕を組んだまま、低く聞く。


「わからない。でも、この子は何かを感じてる」


 タマが、かすかに鳴いた。


「キュ……ルゥ……」


 苦しそうな声だった。

 ナギがそっと水膜を厚くする。

 コポ、と小さな音がした。


 そのときだった。


 縦穴の壁に黒いひびが走った。

 ビキッ。

 ビキビキッ。

 ひびの奥から、どろりと影がにじみ出す。


 四つ足。目のない顔。

 一匹、二匹と、壁を這いのぼってくる。


「……断片とは、違う」


 円城寺の顔が青ざめた。


「形を持ってる。あちら側で、あれが手下を作ったのよ」


 影たちの顔が、いっせいにタマのほうを向く。

 狙いは、ひとつだ。


「ゴロ、ドームを締めろ! ナギ、タマから離れるな!」


 じいちゃんの声が、縦穴に響いた。

 テイマーの声だった。


 グモォォン!


 ゴロが地面を踏みしめる。

 ドームの岩がさらに厚くせり上がり、影の群れを受けとめた。

 ガンッ。ガガンッ。

 影がぶつかるたび、岩の表面が灰色に変わっていく。


「書き換えられてる。長くはもたん」


 ナギが、ドームの内側から水を押し出した。

 コポポッ!

 水膜が岩の裏に張りつき、灰色の侵食をじわりと押し戻す。

 ゴロが壁になり、ナギがその壁を支える。

 ソウマが教えこんだ形だ。


 でも、数が多すぎた。

 壁の裂け目から、影が次々とあふれてくる。

 ドームの一角が崩れた。

 そこから三匹が、なだれこむ。


 タマの目の前まで、黒い口が迫った。


 タマは動かない。

 動けない。

 扉を保つ光を、一瞬でも止めるわけにはいかないから。

 ただ目をつむって、こらえている。


「タマ!」


 じいちゃんが叫んだ、その瞬間。


 銀色の風が縦穴を貫いた。


 ヒュオッ!!


 迫っていた三匹が、まとめて壁に叩きつけられる。

 銀の翼の竜が、タマの前にふわりと降りた。


「……借りを返しに来た」


 鷹宮シュウが、シルバーホークの背から言った。


「鷹宮!? お前、どうしてここに」


 榊が目をむいた。


「境目が騒がしければ、嫌でも気づきます。あいつがいないなら、あいつの相棒は僕が守る」


 その隣に、水の渦が巻きあがる。

 アクアドラゴンが青い鱗を光らせ、影の群れの前に立ちはだかった。


「私もいるわよ。天野くんには、まだ負けたままだから」


 霧島レイだった。


 じいちゃんの目が、少しだけうるんだ。

 あの孫が、E組から這い上がって。

 いつのまにか、こんな仲間を作っていたのか。


「……話はあとだ。断片と同じなら、どこかに核がある。そこを突けば崩れるはずだ」


「なら、全部裂いて探すまでだ」


 鷹宮が短く答え、シルバーホークが飛んだ。


 ヒュンッ!

 目で追えない速さで、影の間を縫っていく。

 一匹の首を裂く。崩れない。

 次は胸。左寄りに、硬い手ごたえ。

 崩れる。


「胸の左だ!」


 鷹宮の声を合図に、シルバーホークが加速した。

 一匹の胸を裂く。崩れる。

 すぐ次へ。崩れる。

 あの日、ソウマの軍団を一瞬で沈めた速さ。

 それが今は、味方として影を狩っていた。


「アクア! ウォーターランス!」


 レイの声に、水の槍が雨のように降った。

 ズドドドッ!

 影の足を貫き、壁に縫いとめる。


「ナギちゃん、合わせて!」


 コポポッ!


 ナギの水が、レイの水に重なった。

 縫いとめた影たちを、薄い水膜でまとめて包みこむ。

 動けなくなったところを、シルバーホークの爪が一匹ずつ裂いていった。


 ゴロの壁。ナギの雨。鷹宮の速さ。レイの水。

 かつて刃を交えた者どうしが、ひとつの陣を組んでいる。


 ドームの最後の割れ目から、ひときわ大きな影が突っこんできた。

 狙いは、やはりタマだ。


「ゴロ!」


 グモォォォン!!


 ゴロが自分の体ごと、割れ目をふさいだ。

 影の牙が岩の背に食いこむ。

 それでも、ゴロは一歩も退かない。


 ナギがすかさず、慈雨を降らせた。

 やさしい雨がゴロの傷を洗い、灰色の侵食を溶かしていく。


「今よ!」


 レイの水が影を押し返し、鷹宮の一閃が胸の左を断った。

 最後の影が、崩れ落ちる。


 縦穴に、静けさが戻った。


 榊が、ふうっと大きく息を吐いた。

 円城寺は黙ったまま、じっとタマを見つめていた。

 タマの光は、最後まで一度も途切れていなかった。


 ゴロとナギの体が、ぽうっと淡く光る。

 ソウマがいれば、きっとこう視えただろう。


  ――――――――

  ゴロ Lv54 → 56

  ナギ Lv38 → 40

  ――――――――


 ゴロが照れくさそうに、グモッと鳴いた。

 ナギはレイのアクアドラゴンに、ぺこりと頭を下げている。


「……すごいな。こいつら、あいつがいなくても陣を崩さない」


 鷹宮がぽつりと言った。


「ソウマの育て方だよ」


 じいちゃんは、少しだけ誇らしげに答えた。


 だが、そのとき。


 ぎし。


 タマの首輪が、今までにない大きさで軋んだ。

 タマの体が小刻みに震える。

 目をつむったまま、穴の底へ顔を向けている。

 まるで、底の向こうの誰かを呼ぶみたいに。


 円城寺の唇が、震えた。

 その顔は、じいちゃんが今まで見たことのない色をしていた。


「……ごめんなさい」


 誰にともなく、彼女はつぶやいた。


「あの子には、まだ話していないことがあるの」



───────


【あとがき】


 第六十二話、読んでくれてありがとうございます。


 今回は現世側、残った者たちの戦いでした。扉を保つために一歩も動けないタマ。そのタマを守る、ゴロの壁とナギの雨。そして駆けつけた鷹宮とレイ。かつて戦った相手が、今度は背中を預ける仲間として並ぶ。この場面はずっと書きたかった一つです。


 ソウマがいなくても、陣を崩さない二匹。鷹宮の「すごいな」には、育てた人への素直な敬意を込めました。


 そしてラストの円城寺の一言。まだ話していないこととは、何なのか。

 みなさんは、どんな秘密だと思いますか。

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