第61話 灯りを守れ
黒い獣が結界をぐるりと囲んでいた。
数えるのをやめたのは、三十を超えたあたりだ。
四つ足で、目のない顔。
口だけが裂けたように開いて、焚き火の灯りを見つめている。
ジュッ。
一匹が灯りの縁に前足をかけ、焼けて退いた。
すぐに次の一匹が、同じ場所に足をかける。
「……試してる。どこが薄いか、探してるんだ」
背後で、ツキが苦しそうに息を吐いた。
灯りの輪が呼吸に合わせて揺らいでいる。
結界を保つだけで精一杯だ。
「僕も行く」
立ち上がろうとした父さんの肩を、俺は押さえた。
「父さんはツキのそばにいてくれ。結界が消えたら、全部終わる」
「だが、お前たちだけで」
「三匹いる。十分だ」
強がりだった。
でも、嘘にするつもりもない。
まずは、敵を知る。
俺は一番近くの黒い獣を視た。
――――――――
種族:書▓獣
資質:##
運:▓▓
――――――――
ほとんど読めない。
でも、本体を視たときほどの底なしじゃない。
文字化けの奥へ、目をこらす。
胸のあたり。
体の中心から少し左に、米粒ほどの赤黒い点があった。
「……核だ。こいつらにも、小さい核がある」
書き換えの獣。書換獣、とでも呼ぶか。
本体が生んだ手下なら、作りも本体と同じはずだ。
ただし、ずっと小さくて浅い。
「ソラ、ヒノ、メイ。聞け」
三匹が耳を立てる。
「普通に叩いても、あいつらはすぐ元に戻る。狙うのは胸の左、赤黒い点だけだ」
ピィ。キュア。ふよ。
その瞬間、灯りの縁が一か所だけ薄くなった。
ツキの息が乱れたんだ。
書換獣が三匹まとめてそこへ頭を突っこんでくる。
「来るぞ!」
一匹目。
「ソラ! 雷光の翼、一撃離脱!」
ピィイィッ!
青白い光が低く地面すれすれを走った。
バヂッ!
雷の刃が胸の左を正確に貫く。
書換獣の体が、砂の城みたいに崩れた。
二匹目。
「ヒノ! 紅蓮、胸の一点!」
キュキュアッ!
ゴオッ!
絞った炎が核ごと体を焼き抜く。
崩れる。灰すら残らない。
三匹目が、ヒノの横腹に食らいついてきた。
「メイ!」
ふよぉっ!
蔦がしなり、黒い首に巻きつく。
ヒノを引きはがした。
その隙に、ヒノがくるりと振り返って至近距離から焼く。
三匹目も崩れた。
「いける。核なら、こいつらは一撃だ」
でも、数が違う。
灯りの反対側から、今度は五匹が同時に押し寄せてきた。
ソラの一撃は速いが、一度に一匹しか落とせない。
ヒノの紅蓮は強いが、撃つたびに溜めがいる。
一匹ずつ相手にしていたら、いずれ押し切られる。
なら、まとめて止めればいい。
「メイ! 茨の檻、あの五匹ごとだ!」
ふよぉぉっ!
メイが地面に前足をつく。
棘の蔦が五匹を囲むようにせり上がり、頭上で閉じた。
ギチギチと音を立てて、檻が暴れる獣を押さえこむ。
「ソラ、檻の上から! 蔦の隙間から一匹ずつ核を抜け!」
ピィッ!
ソラが檻の真上で翻る。
バヂッ。
バヂッ。
バヂッ。
雷が隙間を縫うたび、中の影がひとつずつ崩れていく。
「最後の二匹はヒノ! 檻ごと焼いていい、メイは蔦を引け!」
メイが蔦をほどく。
その刹那、ヒノの炎が一直線に通った。
ゴオオッ!
残った二つの核が、同時に弾けた。
メイが止める。ソラが抜く。ヒノが仕留める。
三匹が、ひとつの生き物みたいに回りはじめる。
俺はもう、叫ばなくてもよかった。
指を一本立てれば、ソラが上がる。
手のひらを返せば、メイの蔦が伸びる。
目で合図するだけで、ヒノが息を吸う。
背後から、父さんの声がした。
「その采配……三匹を、ひとつの生き物みたいに動かしている」
驚きと、何か懐かしいものが混ざった声だった。
「じいちゃんに教わった。信じて任せろって」
「……親父の言葉か。僕も、昔は言われたな」
最後の一群が崩れたのは、それからしばらく後だった。
結界の外に、黒い影はひとつも残っていない。
焚き火の灯りがようやく落ち着いた。
三匹はその場にへたりこみ、互いの背にもたれかかる。
俺は膝をついて、三匹を視た。
――――――――
ヒノ Lv45 → 46
ソラ Lv62 → 64
メイ Lv37 → 39
――――――――
「よくやった。本当に、よくやった」
ヒノが得意げに鼻を鳴らす。
ソラはヒノの頭を翼でぺしっとはたいた。
一番落としたのは自分だ、と言いたいらしい。
メイは二匹の間で、嬉しそうに花を揺らしていた。
静かになった。
焚き火の音と、ツキの寝息だけが聞こえる。
そのとき、頭の奥がちりっと痛んだ。
声がする。
遠い、ずっと遠いところから。
扉の向こうの、あいつの声。
――キュ……ルゥ……。
聞き間違えるはずがない。
タマだ。
でもその声は、今まで聞いたどれよりも苦しそうだった。
───────
【あとがき】
第六十一話、読んでくれてありがとうございます。
今回は防衛戦でした。数で押してくる相手に、ソウマは「核」を視て一撃で落とす方法を見つけます。そして一匹ずつでは追いつかないと見るや、メイの檻でまとめて止め、ソラが抜き、ヒノが仕留める形へ切り替えました。三匹が一つの生き物のように回りはじめる場面は、書いていて気持ちよかったです。
父の「親父の言葉か」という一言には、じいちゃんと父、そしてソウマへと受け継がれてきたものを込めました。
そしてラスト。遠くから聞こえたタマの苦しそうな声。
現世に残ったタマに、いったい何が起きているのか。次回は場面が現世へ移ります。




