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『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


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第59話 退かない理由

 『――ツレテ、コイ』


 声が頭の奥で反響する。

 無数の目が俺ひとりを見ていた。


 呼べば届く。

 タマの力なら、あの核をこじ開けられる。

 父さんを連れて帰れるかもしれない。


 でも、思い出すのは首輪の手ざわりだった。

 出発の朝、頬にこつんと当ててきた小さな頭の重さ。

 答えは、最初から決まっている。


「呼ばない」


 はっきりと口に出した。

 影の目がぎょろりと揺れる。


「タマは渡さない。でも諦めもしない。お前の核は、俺たちで潰す」


 『――ナラ、奪ウ』


 黒い腕が地面ごと膨れ上がった。

 さっきまでとは太さが違う。


「ソウマ、今は退け!」


 父さんが叫び、倒れた灰色竜の首を肩で担ぎ上げた。

 巨体を引きずり、よろめきながら走り出す。


「退くって、どこへ!」


「焚き火だ! ツキの結界まで戻れば、あれは手を出せない!」


 ツキ。

 それが、あの灰色竜の名前か。

 戦ううちに、焚き火の灯りはずいぶん遠くなっていた。

 あそこまで、百歩はある。


 黒い腕が父さんの背中めがけて振り下ろされた。


「ソラ! 雷光の翼!」


 ピィイィッ!


 青白い閃光が腕の付け根を横ぎる。

 バヂィッ!

 斬れない。すぐに繋がり直す。

 それでいい。ほんの一瞬、軌道がずれれば十分だ。


「メイ! 茨の檻!」


 ふよぉっ!


 棘の蔦が地面からドーム状にせり上がった。

 腕を丸ごと包みこむ。

 ギチギチと蔦が軋み、端から灰色に書き換えられていく。

 もって二秒。

 その二秒で、父さんが十歩進む。


「ヒノ、殿だ! 追ってくるものを片っぱしから焼け!」


 キュキュアッ!


 ヒノが振り返り、胸を大きくふくらませた。

 紅蓮の吐息。

 ゴオオッ!

 一点に絞った炎が迫る影の先端を焼き払う。

 穴はすぐに塞がる。それでも足は止まった。


 斬る。縛る。焼く。

 一撃ごとに十歩。

 また十歩。


 腕が増えた。二本、三本。

 ソラの翼の光が目に見えて細くなっていく。


 このままじゃ、焚き火まで持たない。

 俺は走りながら、黒い腕を視た。

 ステータスは相変わらず文字化けだらけだ。

 それでも、文字の崩れ方にはむらがあった。

 腕の先ほど激しく崩れ、根元ほどゆっくり崩れている。

 書き換えは、先から順に進むんだ。


 なら、縛る場所は先じゃない。

 根元だ。


「ソラ、あと一回だけ耐えろ! メイ、蔦を全部腕の根元に集めろ!」


 三本の腕が同時に来た。

 メイの檻がその根元をまとめて受けとめる。

 今度は灰色に変わるのが遅い。

 二秒どころか、五秒もつ。

 ソラが上から叩き、ヒノの炎がつなぎ目を焼く。


 ――一瞬、全部が止まった。


「今だ、走れ!」


 父さんが最後の数歩を跳ぶ。

 俺と三匹も、転がるように続いた。


 焚き火の灯りの輪を越える。


 背後で、ジュッと音がした。

 振り返ると、追ってきた黒い腕が、灯りの縁で焼けただれている。

 見えない壁に阻まれて、それ以上は入ってこられない。


 『……星ハ、ドコダ』


 低いつぶやきを残して、影がゆっくりと引いていく。

 地平の闇へ、溶けるように。


 膝から力が抜けた。

 逃げきった。今は、それで十分だ。


 焚き火が、ぱちりと爆ぜた。

 ツキは火のそばで丸くなり、浅い息をくり返している。

 その背を撫でながら、父さんがぽつりと言った。


「なぜ、呼ばなかった」


「え?」


「あの子を呼べば、核に届いたかもしれない。お前ほどのテイマーなら、わからないはずがない」


 責める声じゃない。

 確かめるような声だった。


「わかってたよ。それでも呼ばない」


 選定の儀の日から、あいつに何度助けられたかわからない。

 今度は俺が守る番だ。


 焚き火の向こうの父さんを、まっすぐ見る。


「タマは鍵じゃない。家族だ」


 父さんの手が止まった。


「ハズレって笑われた日も、あいつは隣で鳴いてくれた。そいつを道具みたいに差し出せるかよ」


 しばらく、火の音だけが続いた。

 やがて父さんが目を細める。


「……そうか。僕には五年、それを言ってくれる相手がいなかった」


 その横顔は、少しだけ嬉しそうに見えた。

 ツキが薄く目を開けて、こちらを見る。

 まん丸の、賢そうな目。

 タマと同じ目で、ツキは低くルゥゥと鳴いた。


 三匹は焚き火の反対側で身を寄せあっている。

 メイはヒノの尻尾を枕にして眠り、ヒノは迷惑そうな顔のまま動かない。

 ソラは片目だけ開けて、闇を見張っていた。


 よく頑張ったな、お前たち。

 いつもの癖で、俺は三匹を視た。


  ――――――――

  ヒノ Lv44 → 45

  ソラ Lv61 → 62

  メイ Lv35 → 37

  ――――――――


 撤退戦でも、ちゃんと伸びている。

 ほっと息をついて、視線を下へ滑らせた。


 そこで、指先が冷たくなった。


 三匹のステータスの、いちばん下。

 今まで一度も見たことのない一行が、三つそろって浮かんでいた。


  星の欠片:あり



───────


【あとがき】


 第五十九話、読んでくれてありがとうございます。


 最悪の二択に、ソウマが出した答えは「呼ばない」でした。タマは鍵じゃない、家族だ。ここだけは、書く前から決めていました。


 勝てない相手からの撤退戦は、倒すための戦いとは別の難しさがあります。斬れなくても一瞬ずらす。縛れなくても二秒もたせる。その積み重ねで十歩ずつ逃げる。三匹それぞれの役目が見えていたら嬉しいです。


 そしてラストの一行。「星の欠片」とは何なのか。

 次回、ソウマがその意味を育成の理屈で読み解きます。


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