第58話 格の、違い
黒い腕が、目の前に迫った。
速い。避けられない。
「ソラ!」
ピィイィッ!
雷をまとったソラが、割り込む。
バヂイィッ、と腕を斬り裂いた――はずだった。
だが。
斬った先から、腕がぐにゃりと繋がり直す。
まるで、水を、斬ったみたいに。
「……効いてない」
背筋が、凍った。
ソラの雷光の翼は、S級の鷹宮すら掠めた一撃だ。
それが、傷一つ、残せない。
これが――本体。
断片とは、格が、違う。
「ヒノ! 紅蓮の吐息!」
キュキュアアッ!
超高温の炎が、黒い影の中心を貫く。
ジュゥゥ――と、影が、焼ける。
やった、と思った、次の瞬間。
焼けた穴が、す、と塞がった。何事もなかったみたいに。
「嘘、だろ……」
炎も、雷も、通じない。
メイの蔦は、触れる前に灰色へ書き換えられる。
鷹宮も、進化した六匹も。あの日の格上たちが、ぜんぶ遠い昔に思えた。
……手も足も、出ない。これが、世界の外側の“格”か。
黒い影が、ぶわりと、膨れ上がった。
その表面に、いくつもの目のようなものが開く。
ぜんぶが、こっちを――タマのいる方向を、見た。
『――星ハ、ドコダ』
声が、頭の中に直接響く。
脳を、ざらついた手で撫でられるみたいな感覚。
「ソウマ! 下がれ!」
父さんが、叫んだ。
同時に、傍らの大きな灰色竜が、前に出る。
――前の“星”。父さんの、相棒だ。
グオオオオンッ!!
灰色竜が、咆哮した。
その体が、まばゆく、輝く。
黒い影が、初めて、たじろいだ。
「あの子の“力”だけが、あれを、押し返せる」
父さんが、苦しそうに、言う。
「同じ“星”の力。……世界を、書き換える力。それだけが、あの、書き換えに、抗える」
……そうか。
俺の攻撃が効かないのは、あいつが世界のルールごと書き換えるからだ。
なら、対抗できるのは、同じく“ルールを書き換える”力――星の力だけ。
でも、前の星は、もう限界だった。
五年、父さんと押しとどめてきた。その体は、ぼろぼろで。
輝きが、ちらつき、弱まっていく。
「……このままじゃ、二人とも、やられる」
考えろ。
俺の“視る力”で、何か、糸口は。
俺は、黒い影をもう一度視た。
文字化けの、奥の、奥。
底なしの穴の、そのまた底に――ぽつりと、小さな赤黒い一点があった。
……あれは。断片のときと、同じ。“核”だ。
あいつが、この向こう側に居座るための楔だ。
「父さん! あいつの、真ん中の奥! 核がある! あれを潰せば――!」
「見えるのか、それが!?」
父さんが、目を、見開いた。
「僕には、五年、見えなかった……! お前の、その目は」
俺の力は、ハズレだと笑われた。
なんの役にも立たない、外れスキルだと。
でも、今。父さんにも前の星にも五年見えなかったものを、この目が映している。
……ハズレなんかじゃ、なかった。
「前の星さんの力で、影を、こじ開けてくれ! その隙に、核を狙う!」
灰色竜が、ぐっと力を振り絞る。
まばゆい光が、黒い影を無理やり押し開いた。
奥の赤黒い核が、ちらりと見える。
「今だ! ソラ、ヒノ、メイ! 三匹まとめて、あそこに、ぶち込め!!」
ピィイィッ! キュキュアッ! ふよぉっ!
雷が、炎が、茨が、一点へ殺到する。
核に、届く――!
ゴォッ、と。
三匹の力が、一点で、束になる。
その一撃が、核を確かに抉った。
『ギ、ィ――』
黒い影が、初めて、悲鳴をあげた。
影が、大きく、身をよじる。
……効いた。核なら、こいつにも、届く。
でも。
次の瞬間、こじ開けていた灰色竜の光が――ふつり、と消えた。
「ぐ、あ……!」
前の星が、力尽きて、崩れ落ちる。
黒い影が、ぐわりと閉じ直す。核が、また奥へ沈んでいく。
「もう、あの子の力が……もたない」
父さんが、崩れた相棒に、駆け寄る。
その顔に、絶望が、走った。
核を、潰せば、勝てる。
でも、その核をこじ開けるには、星の力が要る。
前の星は、もう、動けない。
……なら、必要なのは。
もう一つの、星の力。
俺の頭に、あいつの顔が浮かんだ。
現世で、扉を開けて待っている。まん丸の目の、あいつ。
――タマ。
でも、タマをここに呼べば。あいつは狙いどおり、星を手に入れる。
核を潰す唯一の鍵が、あいつの欲しがる鍵と、同じものだった。
最悪の、二択だ。
黒い影の無数の目が、ぎょろりと俺を見た。
まるで、俺の答えを待つみたいに。
『――ツレテ、コイ』
───────
【あとがき】
第五十八話、読んでくれてありがとうございます。
ついに、別のもの“本体”との第一戦。ソラの雷も、ヒノの紅蓮も、通じない。斬っても焼いても、世界ごと書き換えて元通り――「格の違い」を、全力で描きました。
でも、ソウマの“ハズレ”と笑われた視る力が、五年見えなかった“核”を見つけます。父にも見えなかったものを。この瞬間を書きたくて、ここまで積み上げてきました。
核を潰せば勝てる。でも、こじ開けるには“星の力”が要る。前の星は限界。残る星は――タマだけ。呼べば、敵の思うつぼ。最悪の二択の前で、別のものが囁きます。「連れてこい」と。
次回、ソウマの答えは。
続きが気になったら、★とブックマークで応援してもらえると、すごく励みになります。




