第55話 芽吹く、牙
渡る前に、やることが、一つ残っていた。
メイの、進化だ。
メイは、もう、レベルの上限まで育っている。
あとは、草の進化素材があれば、次の段階へ行ける。
目指すは、緑の層。あの、苔と蔦に満ちた草木の深層だ。
「メイ。……こわいか?」
「ふよ……」
メイは、俺の手のひらの上で、小さく震えていた。
いちばん新しくて、いちばん小さい。人見知りな、うちの六匹目。
向こう側へ連れて行くには、まだ、頼りない。
だから、強くする。連れて行くために。
「大丈夫だ。今日は、お前が主役だ。……いい素材を、獲りに行くぞ」
緑の層は、相変わらず、静かだった。
でも、前に来たときより、空気が張り詰めている。
別のものが、この世界を、蝕みはじめている証だ。
……のんびりは、していられない。急ぐぞ。
層の、いちばん奥。
そこに、それは、立っていた。
大樹の主
属性:草
レベル48
見上げるほどの、巨大な樹の魔物。
幹から伸びた無数の枝が、蔦の鞭になって、うねっている。
その足元に、きらりと光る、若葉色の石が見えた。
……あれが、若葉の竜玉。メイの、進化素材だ。
「厄介だな。……あの蔦を、抜けないと、素材に届かない」
大樹の主が、枝を振るう。
無数の蔦が、鞭みたいに、こちらへ襲いかかってきた。
「ヒノ! 焼け!」
キュキュアッ!
ヒノの紅蓮が、蔦を、焼き払う。
でも――焼けたそばから、新しい蔦が、みるみる生えてくる。
……再生する。力押しじゃ、きりがない。
こういう、搦め手の相手は。
……こっちも、搦め手で、いくしかない。
「メイ。……お前の出番だ」
メイが、びくっと、身を縮めた。
あの巨大な樹を前に、足が、すくんでいる。
「ふ、ふよぉ……」
……そうだよな。こわいよな。
でも、俺はしゃがんで、メイと目を合わせた。
「メイ。お前は、蔦の扱いなら、あいつに負けてない。……いや。お前のほうが、ずっと、繊細で、器用だ。俺が、保証する」
メイの、つぶらな目が、揺れる。
「あいつの蔦の、動きを、視る。……そこに、お前の蔦を、通すんだ。できる。お前なら」
俺の“視る力”が、大樹の主の蔦の軌道を読む。
無数の枝の、動きの、隙間。
その一本道を、メイに、示してやる。
「そこだ、メイ! 今!」
「……ふよぉぉっ!」
メイの背中から、若葉色の蔦が、しゅるりと伸びた。
巨大な蔦の、隙間を、縫うように。
教えたとおりの、一本道を、駆け抜けて。
そして――大樹の主の、幹の根元に、巻きついた。
みし、と幹が軋む。
メイの蔦が、締め上げる。人見知りの、あの子が。あの巨木を。
「すごいぞ、メイ! そのまま、動きを止めろ!」
「ふよっ! ふよっ!」
メイの蔦が、次々と枝を地面に縫い留めていく。
大樹の主の、動きが、止まった。
「今だ! ソラ、ヒノ、一気に!」
ソラの雷が、幹を、貫く。
ヒノの紅蓮が、止まった主を芯まで焼き尽くす。
再生する間も、与えない。
ずうん、と。
大樹の主が、崩れ落ちた。
……メイが止めて、みんなで仕留めた。
あとに、ころんと若葉の竜玉が残った。
「よくやった、メイ! お前が、主役だったな!」
「ふよぉ!」
メイが、ぴょんと俺の胸に飛び込んでくる。
もう、震えていなかった。
自分の力で、格上を止めた。その顔は、誇らしさで輝いていた。
「じゃあ……仕上げだ。行くぞ、メイ」
俺は、若葉の竜玉をメイにかざした。
緑の光が、メイを、やわらかく包む。
ふよ……ふよぉぉ……!
メイの体が、ひとまわり、大きくなる。
頭の花のつぼみが、大きく開いて、鮮やかに咲いた。
背の双葉が、翼のような、若葉の羽に変わる。
……小さかった芽が、しなやかな草の竜へと育っていく。
メイ
資質ランク C(D→C 進化)
レベル上限:50
新技【茨の檻】
ランクが、DからCへ。
そして――新しい技。
「メイ、試してみろ! 茨の檻!」
「ふよぉっ!」
メイが、地面に、蔦を放つ。
すると、無数の棘つきの蔦が、ドーム状にせり上がって。
目の前の岩を、丸ごと檻のように閉じ込めた。
……すごい。ただ縛るだけじゃない。相手を、まるごと、閉じ込める。
速い敵も、大きい敵も。この檻に入れば、逃げられない。
向こう側で、何が出るかは、わからない。
でも、これなら、メイはじゅうぶん戦える。
「これで……全員、そろった」
俺は、六匹を、見回した。
ヒノ。ゴロ。ソラ。ナギ。メイ。そして、タマ。
残る者も、渡る者も。……みんな、準備はできた。
家に帰ると、庭でタマが待っていた。
進化したメイを見て、キュ、と嬉しそうに鳴く。
でも、その目は、どこか寂しそうだった。
……自分だけ、置いていかれることを、わかっているみたいに。
俺は、タマを、抱き上げた。
「行ってくる。……お前が開けた扉を、くぐって。必ず、父さんと、帰ってくる」
タマは、俺の頬に、ちいさな頭をこつんと当てた。
行ってらっしゃい、と、言うみたいに。
準備は、整った。
残された時間は、もうない。
――明日。俺たちは、向こう側へ、渡る。
───────
【あとがき】
第五十五話、読んでくれてありがとうございます。
渡る前の、最後の準備=メイの進化です。人見知りで、いちばん小さかったメイが、蔦の扱いで格上の大樹を止め、自分の力で素材を勝ち取りました。「お前のほうが繊細で器用だ」――苦手を、いちばんの武器に変える。育成の醍醐味です。新技は【茨の檻】。速い敵も大きい敵も、丸ごと閉じ込める搦め手の切り札です。
これで六匹、全員そろいました。残る者と、渡る者。そして、初めて置いていかれるタマの、寂しそうな目。
次回、いよいよ――向こう側へ。
続きが気になったら、★とブックマークで応援してもらえると、すごく励みになります。




