第54話 門を、ひらく者
断片を退けた、その夜。
俺たちは、じいちゃんの店に、集まっていた。
円城寺。榊先生。じいちゃん。
そして、六匹の、竜たち。
「一つ、はっきりしたことがある」
俺は、みんなを見回して、言った。
「守ってるだけじゃ、いつか、押し切られる。……こっちから、向こう側へ渡って、源を断つ。父さんを、迎えに行く」
「でも」
円城寺が、静かに、口をはさんだ。
「境目を開けるには、タマの力が要る。……そのタマを連れて渡れば、あなたは、別のものに、鍵を届けてしまう。堂々巡りよ」
そう。それが、この作戦の、いちばんの壁だった。
タマがいないと、扉は開かない。
でも、タマを連れて行けば、敵の思うつぼ。
……ずっと、考えていた。
この、二つを、両立させる方法を。
そして今日、断片と戦って、わかった。
「タマを、連れて行かなきゃ、いい」
「……え?」
全員の視線が、俺に集まる。
「タマは、扉を“開ける”。でも、渡らない。……この世界に、残るんだ」
俺は、境目の“ステータス”を思い出しながら、続けた。
「あの日、タマの力を小分けにして、扉を押し開けた。あれを、もっと長く、続ければいい。タマは、こっち側で、扉を開けたまま、保つ。……その間に、俺たちだけが、向こうへ渡る」
円城寺の目が、見開かれた。
「星を、渡さずに……鍵だけ、こちらに置いていく」
円城寺が、かすかに、微笑んだ。
でも、その目の奥には、まだ言っていないことがある気がした。
「そうだ。あいつが欲しがってるタマは、ずっと、この世界にいる。あいつの手が、届かないところにな」
じいちゃんが、低く唸った。
「……理屈は、通る。だが、ソウマ。それは、軍団を、二つに、割るってことだぞ」
その一言に、俺は口をつぐんだ。
……そうなんだ。
扉を開けて、保ち続ける。そのうえ、狙われるタマを守り抜く。
それには、こっち側にも、竜の力が要る。
でも、向こう側で父さんのもとまで戦い抜くにも、竜が要る。
六匹、全員は、連れて行けない。
誰かを、残さなきゃ、ならない。
「決めた」
俺は、竜たちを一匹ずつ見た。
「こっちに残るのは……ゴロと、ナギ」
ゴロが、ぐるり、と俺を見る。
「ゴロのドームなら、開いた扉を、いちばん安定して保てる。ナギは、タマの力を、宥められる。……この二匹なら、タマを、絶対に守り抜ける」
グモォ、とゴロが静かに頷いた。
ナギも、こぷ、と覚悟のこもった声で鳴く。
「向こうへ行くのは、ソラ、ヒノ、そして……メイ」
メイが、びくっと、身を震わせた。
「向こうは、何が出るか、わからない。上空も、地上も、搦め手も、ぜんぶ要る。……メイ、お前の蔦は、絶対に役に立つ」
「ふ、ふよ……」
メイは、不安そうだった。
無理もない。いちばん新しくて、いちばん小さい。
……でも。
「だから、その前に、お前を、もっと強くする。渡る前に――メイ、お前を、進化させる」
メイの頭の花が、ぴくっと揺れた。
「え……ふよ?」
「お前は、もう、上限のレベルまで、育ってる。あとは、進化の素材だけだ。それを、獲りに行く。……お前を、置いていったりは、しない。連れて行くために、強くするんだ」
メイのつぶらな目が、うるっと潤む。
それから、小さく、でもはっきりと頷いた。
「ふよっ!」
……よし。いい返事だ。
最後に、俺はタマを抱き上げた。
いちばん、大事な話が、残っていた。
「タマ。……お前は、こっちに、残るんだ」
「キュ?」
タマが、きょとんと首をかしげる。
「俺は、向こうへ行く。……お前を、連れて行けない。お前がいちばん、狙われてるからだ」
タマのまん丸の目が、ゆっくりと俺を見上げた。
ずっと、生まれたときから、一緒だった。
初めての、離れ離れだ。
「キュゥ……」
タマが、俺の指をちいさな前足で、きゅっと握った。
行かないで、と言うみたいに。
……それとも、置いていかないで、と言うみたいに。
俺は、その頭にそっと、おでこを寄せた。
「必ず、帰ってくる。父さんも、連れて。……だから、ここで、扉を開けて、待っててくれ。お前にしか、できないことだ」
タマは、しばらくじっと俺を見て。
それから、覚悟を決めたみたいに、鳴いた。
「……キュルッ!」
いい声だった。
こいつは、わかってる。自分の役目を。
「よし。……作戦は、決まった」
俺は、みんなを、見回した。
残る者と、渡る者。
六匹と、俺と、じいちゃんたち。その覚悟が、ここに集まっていた。
「まずは、メイの進化だ。緑の層へ、向かう。……そのあと、俺たちは、向こう側へ渡る」
その夜、境目の壁の模様は、いつもより速く脈打っていた。
まるで、急げ、と急かすみたいに。
残る者が、鍵を守り、扉を保つ。
渡る者が、その扉をくぐって、源を断つ。
どっちが欠けても、成り立たない。……これも、軍団の戦いだ。
――待ってろ、父さん。
もうすぐ、俺たちが、そっちへ行く。
───────
【あとがき】
第五十四話、読んでくれてありがとうございます。
「タマを連れて渡れば敵に鍵を渡す。でも渡さないと扉が開かない」――この二律背反を、ソウマは“タマは開けて残る/軍団だけが渡る”という工夫で解きました。星を敵の手の届かないこちらに置いたまま、鍵だけを使う。育成と連携の主人公らしい答えです。
その代償は、軍団を二つに割ること。そして、生まれたときからずっと一緒だったタマを、初めて置いていくこと。ソウマの覚悟が問われる回でした。
次回、渡る前の最後の準備――メイの進化です。そして、いよいよ向こう側へ。
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