第52話 星を、狙うもの
《来るな》。
父さんの、その一言が、頭の中でこだましていた。
開きかけた境目の、向こうから。
迎えに行くと決めた息子に、父さんは、そう告げた。
「……どういう、意味だよ」
俺は、境目の縁で、立ちすくんでいた。
安定度は、18%のまま、止まっている。
扉は半分だけ開いて、その奥に深い闇が口を開けていた。
「危険よ。……閉じましょう」
円城寺が、鋭く言った。
でも、俺は、動けなかった。
この闇の先に、父さんがいる。そう思うと、足が根を張ったみたいに動かない。
そのとき。
闇の奥で、何かが、ぬるりと蠢いた。
……なんだ、あれは。
俺は反射的に、いつもの力を使った。
相手のステータスを、視る。何百回も、やってきたことだ。
でも。
――――――――
種族:??▓#$/█__
資質:計測不能
運:∞▓▓▓▓
――――――――
「……っ!?」
ステータスが、バグった。
文字化けした画面が、頭の中で、ぐにゃりと歪む。
視たこっちの目が、焼けるみたいに痛い。
俺の力は、相手の“かたち”を、読む。
でも、あれには読める“かたち”がなかった。
まるで――世界のルールの、外側にいるみたいに。
「ソウマ! 視るのを、やめなさい!」
円城寺の声で、我に返る。
俺は、慌てて力を切った。
「……今の、なんだ。あんな“ステータス”、視たことがない」
「それが、“別のもの”よ」
円城寺の顔は、青ざめていた。
「百五十年前、この世界に、紛れ込んだ。……世界の理を、書き換えてしまう、存在。あなたの力でさえ、読めないのは、当然。あれは、“この世界のもの”じゃ、ないから」
世界の外側の、もの。
……ぞくり、と背筋が凍った。
あれと比べたら、鷹宮のS級だって可愛いものだ。格が、違いすぎる。
地力とか、レベルとか。そんな“ものさし”が、まるで通用しない。
そのとき。
俺の腕の中で、タマがぶるっと震えた。
「キュゥ……」
いつもの、甘えた声じゃない。
怯えた、細い声だ。
タマの首輪の内側で、「???」がちりちりと疼きはじめる。
そして――闇の奥の“それ”が、タマに、反応した。
ぐるん、と。
文字化けした気配が、ぜんぶ、こっちを向いた。
正確には――タマを、向いた。
「……まさか」
円城寺が、息を、のむ。
「あれは、“星”を、探している。……あなたのお父さんが渡ったときから、ずっと。次の“星”を、こちら側へ、引きずり込むために」
次の星。
……タマ。
ようやく、わかった。
父さんが、《来るな》と言った、理由が。
タマは、境目を開ける鍵だ。
でも、それは“別のもの”にとっても、同じだ。
タマを連れてここへ来れば。……俺はあいつに、鍵を届けてしまう。
父さんは、それを恐れたんだ。
息子が良かれと思って、いちばん危ないものを運んでくることを。
拒絶じゃない。……これは、最後まで俺を守ろうとする、父さんの声だ。
その気持ちが、痛いほど、伝わってきた。
「……そういう、ことか」
闇の奥から、ずるり、と。
腕とも触手ともつかない黒いものが、境目の裂け目に向かって伸びてきた。
タマを、掴もうと。
「タマ!」
俺は、タマを胸に強く抱き込んだ。
同時に、叫ぶ。
「ゴロ! 閉じろ! メイ、タマを縛って抑えろ! ナギ、宥めろ!」
グモォォン!
ゴロが、岩の器を内側へ締めていく。
メイの蔦が、疼くタマの体をしっかりと巻いた。
ナギの水が、タマを、そっと包む。
「キュルルゥ……!」
タマの「???」が、収まっていく。
鍵は、渡さない。
黒い腕が、あと一歩、届かないところで――。
――――――――
境界:安定度 18% → 9% … 閉
――――――――
どぉん、と。
境目が、完全に、閉じた。
黒い腕は、裂け目の向こうへ、引っ込んでいく。
しん、と、静寂が戻る。
俺は、腕の中のタマを、見た。
汗だくで震えていたけど。……ちゃんと、俺のタマだった。
「……こわかったな。もう、大丈夫だ」
「キュ……」
助かった。首輪は、外さずに済んだ。
覚醒に頼らず、六匹で、守り切った。
でも――嫌な確信があった。
あいつはもう、タマを見つけた。
今日、俺が、扉を開けてしまったせいで。
あの“別のもの”は、次の星がどこにいるかを、知ってしまった。
円城寺も、同じことを、思ったらしい。
「……向こうから、来るかもしれないわ。あれが、境目を、破って」
時間は、もう、俺たちの味方じゃない。
父さんを助けるどころか。……この世界ごと、危うくなってきた。
でも。
俺は、震えるタマの頭をそっと撫でて、前を向いた。
父さんは、たった一人で五年、あれを止めてきた。
なら、俺には六匹と、仲間がいる。
……守り抜いて、そのうえで迎えに行く。両方、諦めない。
それが、俺の、やり方だ。
閉じた境目の壁で、赤い模様がまだ脈打っていた。
まるで、あいつの、心臓みたいに。
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【あとがき】
第五十二話、読んでくれてありがとうございます。
父の《来るな》の意味が、明かされました。“別のもの”が探していたのは、次の“星”=タマ。ソウマがタマを連れて渡れば、敵に鍵を届けてしまう。だから父は、息子を遠ざけようとした――拒絶ではなく、最後まで守ろうとする父の愛でした。
そしてソウマの“視る力”は、別のものには通じずバグる。世界の理の外側にいる存在の、格の違い。でもソウマは退きません。「守り抜いて、そのうえで迎えに行く」。
扉を開けたことで、別のものは“星のありか”を知ってしまった。次回、いよいよ、あちら側が動き出します。
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