第51話 第三の道
父さんが、向こう側で、たった一人で戦っている。
その事実は一晩たっても、俺の胸に重くのしかかっていた。
翌朝。俺はまた、学園最上の境目に立っていた。
円城寺と、じいちゃんも、一緒だ。
底なしの縦穴が、ぽっかりと口を開けている。
壁の古い模様は、今日も、ときどき赤く明滅していた。
……父さんの力が弱って、あちら側がこちらへ出ようとしている証だ。
のんびりしている時間は、もう、ない。
「渡る方法を、教えてくれ」
俺は、円城寺に言った。
「あなたも、聞いていたでしょう」
円城寺の声は、静かだった。
「境目を開けるのは、"星"を持つ竜の力だけ。……つまり、タマの、首輪を外して、覚醒させる。それが、唯一の方法よ」
「それは、なしだ」
即答した。
タマを犠牲にする道なんて、選ばない。あの日、そう決めた。
「なら、どうするの」
「探す。別の道を」
円城寺が、かすかに、目を伏せた。
「……あの人も、同じことを言ったわ。でも、結局、他の道は、なかった」
「父さんに、なかっただけだ」
俺は、境目の縁に、しゃがみこんだ。
そして、目を、こらす。
俺の力は、竜のステータスを、視る。
……なら。この、境目そのものも、視えるんじゃないか。
意識を、集中する。
穴の底の、闇の奥へ。壁の模様の、一本一本へ。
すると。
ぼんやりと、画面みたいなものが、浮かび上がってきた。
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境界:閉/安定度 12%
開放条件:レア種の“力”
――――――――
「……見えた」
俺は、思わず、つぶやいた。
「じいちゃん、円城寺。これ、鍵は“レア種の力”だ。……でも、“覚醒”とは、書いてない。“力”だ」
「どういう、こと?」
円城寺が、身を乗り出す。
俺は頭の中で、育成の理屈を組み立てていく。
「父さんは、たった一匹のレア種で、これをこじ開けた。全部の力を、一気に注いで。……だから、覚醒しかなかった」
「ええ」
「でも、俺には、六匹いる」
振り返る。
庭で待っていたはずの六匹が、いつのまにか俺の後ろに揃っていた。
ヒノ。ゴロ。ソラ。ナギ。メイ。そして、タマ。
「タマの力を、一気に解き放つ必要は、ない。……少しずつ、小分けにして注げばいい。足りない分は、みんなで補えばいい」
一匹の弱点は、みんなで補う。
それは、鷹宮を倒したときと、同じ理屈だ。
覚醒みたいな“特別な力”に、頼らなくていい。
「小分けに……?」
「タマが暴走しないように、みんなで支えるんだ。ゴロが器を作る。ナギが宥める。メイが余った力を、蔦で縛る。……首輪を、外さないまま、必要なぶんだけ、力を借りる」
円城寺が、息を、のんだ。
その顔が、みるみる、変わっていく。
「そんな発想……あの人には、なかった」
まるで、信じられないものを見るような目だった。
円城寺の声が、震えていた。
「あの人は、最強だった。だから、一匹に、全部を賭けるしか、知らなかった。……でも、あなたは」
「俺は、弱いからな」
俺は、笑った。
「一匹じゃ、何もできない。だから、みんなで補う。……それだけだ」
じいちゃんが、俺の肩を、ぽんと叩いた。
「……やってみろ、ソウマ。おれは、お前を信じる」
俺は頷いて、六匹に指示を出した。
「ゴロ、境目の縁に、器を。グランド・ドーム、半分でいい」
グモォォン。
ゴロが、縦穴を囲むように岩の壁をせり上げた。
力が、外に漏れないための、器だ。
「ナギ、タマのそばに。メイ、蔦を準備。ソラとヒノは、いつでも動けるように」
軍団が、それぞれの位置に、つく。
俺は最後に、タマを抱き上げた。
「タマ。……ちょっとだけ、力を貸してくれ。無理は、させない。俺が、そばにいる」
「キュルッ」
タマがまん丸の目で俺を見上げて、頷くように鳴いた。
その首輪は、外さない。外さないまま、いく。
「いくぞ。……ほんの、少しだけ」
タマの体が、淡く、光り始めた。
いつもの、暴走するような光じゃない。
俺と六匹が、手綱を握った制御された光だ。
その光が、境目の壁に、触れる。
――――――――
境界:安定度 12% → 14% … 18%
――――――――
「上がってる……! 開きかけてるぞ!」
誰にもできなかったことを、今、俺たちがやっている。
六匹の力を、束ねて。首輪を、外さないまま。
壁の模様が、ひとつ、またひとつと青白く灯っていく。
穴の底から、風が、吹き上げてきた。
向こう側の、風だ。
冷たくて、どこか、懐かしい匂いがした。
この風の先に、父さんがいる。
「もう少し……!」
そのときだった。
タマの首輪が、ぴたりと鳴きやんだ。
かわりに、穴の底から――何かが、応えた。
低く、深く、聞き覚えのある声が。
いや。声じゃない。
俺の頭の中に、直接、届いた。
――《来るな》
「……え?」
全員が、凍りついた。
円城寺の顔から、血の気が引いていく。
「今の、声……あの人、だわ」
父さん。
向こう側の、父さんが。
俺たちに、たった一言――「来るな」と、告げていた。
なぜだ。
迎えに行くって、決めたのに。
なんで、来るなって、言うんだ。
境目の底で、赤い模様がいっそう強く脈打っていた。
その奥に、途方もなく大きな何かが、うずくまっている気がした。
父さんが体を張って、五年間、押さえ込んできたもの。
その正体に、俺たちは、近づきすぎたのかもしれない。
……父さんが、守ろうとしているもの。
俺たちを、遠ざけようとするほどの、何かが。
開きかけた扉の、その先に。
俺は初めて、本物の"別のもの"の気配を感じた。
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【あとがき】
第五十一話、読んでくれてありがとうございます。新章、開幕です。
「覚醒(タマの犠牲)に頼らず、どうやって向こう側へ渡るか」。ソウマの答えは、やっぱり“育成と連携”でした。一匹に全部を賭けた父とは違う。六匹で少しずつ力を分け合い、首輪を外さないまま境目をこじ開ける――父にも円城寺にもなかった発想です。
でも、扉が開きかけた瞬間、向こうから届いたのは、父の「来るな」の一言。迎えに行くと決めた息子に、なぜ父はそう告げたのか。その先に、ついに“別のもの”の気配が――。
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