第47話 いたわりの雨
ナギが、上限のLv35に届いた。
ナギ Lv35
資質Dの、天井だ。
……次は、ナギの進化。
ナギは、うちの五匹目。
攻撃は、いちばん弱い。水の槍も、撃てない。
でも、こいつは、軍団の生命線だ。
炎を消し、足場を作り、傷ついた仲間をそっと癒す。
……派手な手柄は一度もない。でも、ナギがいなきゃ、とっくに倒れていた。
鷹宮との再戦は、長い戦いになる。
そういうときこそ、"支える力"が、ものを言う。
だから――ナギを、もっと頼れる支えにしてやりたい。
こいつは、いつも自分より仲間を優先する。
だからこそ、こいつの力を伸ばしてやるのは……俺の役目だ。
じいちゃんに聞くと、静かに頷いた。
「水の素材か。……水没の層だ。だが、あそこの主は、しぶといぞ」
「しぶとい相手ほど、ナギの支えが活きる」
じいちゃんは、そう付け加えた。
……なるほど。この戦いそのものが、ナギのための舞台なんだ。
水没の層は、ダンジョンの底に沈んだ、水の世界だった。
足首まで、冷たい水に浸かる。
奥へ進むほど、水位が上がっていく。
しんと静かで、水音だけが響く。
ナギだけは、水の中でいつもより生き生きしていた。
……ここも、こいつの故郷みたいな場所なのかもな。
水を得た魚、ならぬ、水を得た竜だ。
……ちょっと、頼もしく見えた。
その最奥。
濁った水面の下から、それがゆっくりと鎌首をもたげた。
アビス・サーペント
属性:水
レベル52
深い藍色の、巨大な水蛇。
その口から、紫色の毒の霧を、しゅうしゅうと吐いている。
……格上だ。しかも、厄介そうな、毒。
水どうしだから、相性の有利もない。
巨体をぬらりとくねらせて、水中を自在に泳ぐ。
水の中じゃ、こっちの分が悪い。
……でも、退くわけにはいかない。
真っ向勝負じゃ、押し切れない相手だ。
アビス・サーペントが、毒の霧をあたり一面に撒き散らした。
……まずい。吸えば、じわじわ、削られる。
「ナギ! 水の膜で、みんなを守れ!」
コポポ!
ナギが、六匹全員を、薄い水の膜で包む。
毒の霧が、その膜に、弾かれる。
……助かった。ナギの支援が、なきゃ、全滅していた。
「ヒノ! ソラ! 攻めろ!」
ヒノの紅蓮。ソラの雷。
……効いてはいる。でも、こいつは、しぶとい。
傷が、みるみる、塞がっていく。
これは、一撃で倒す相手じゃない。……根競べだ。
時間をかければ、こっちが毒で削られる。
でも、焦って突っ込めば、あの巨体に飲まれる。
……耐えて、削って、隙を待つ。それしかない。
長期戦は、望むところだ。
こういうときのために、ナギを進化させに来たんだから。
長い、攻防が、続いた。
毒の霧が、膜の隙間から少しずつ染み込んでくる。
ヒノの息が、上がる。ソラの動きが、鈍る。
……みんな、限界が、近い。
でも、そのたびに。
ナギが、そっと水をかけて回る。
傷を洗い、熱を冷まし、毒を薄める。
コポ、コポ、と。
ナギは、休まなかった。
自分だって、毒を浴びているのに。
……ずっと、みんなを支え続けた。
自分の体が、毒で青ざめていくのに。
それでも笑って、仲間に水をかけて回る。
……こいつのけなげさに、俺は何度も救われてきた。
……ああ、そうか。
この戦いを、支えてるのは。
攻撃してる、ヒノでも、ソラでもない。
――ナギ、お前だ。
「みんな、ナギを信じろ! ……あと少し粘れば、勝てる!」
ヒノが、最後の紅蓮を吐く。
ソラが、渾身の一撃を叩き込む。
メイの蔦が、サーペントの動きを縛る。
タマが、止まったその頭に飛びかかった。
……六匹の粘りが、ついにこの巨体を上回った。
ナギの支えで、軍団が、持ちこたえる。
その、削り続けた一撃、一撃が。
やがて、アビス・サーペントの再生を上回った。
ずうん、と。
巨大な水蛇が、水面に、崩れ落ちた。
……勝った。
ナギが、支え抜いて掴んだ勝ちだ。
でも、その、ナギが。
ぷるん、と力尽きて、水面にへたり込んだ。
「コポ……」
……ナギ! 無理を、させたな。
全員を守り続けて。自分は、ぼろぼろになるまで。
俺は、慌ててナギを抱き上げた。
冷たかった体が、少しずつあたたかくなる。
……よく頑張った。もう、大丈夫だからな。
水没の層の底に、こつん、と。
澄んだ、青い光の石が、沈んでいた。
泉の竜玉
俺は、それを拾って、疲れ切ったナギにかざした。
「ナギ。……今日は、お前が、主役だ。お前の力を、もっと強くする。……受け取ってくれ」
泉の竜玉が、やわらかく光って、ナギを包む。
コポ……コポポ……!
ナギの、まんまるの体が、すらりと伸びる。
半透明の水色が、深い、澄んだ青へ。
背びれが、ひれのように優雅に広がった。
……小さな水の塊が、しなやかな水の竜へと変わっていく。
でも、そのつぶらな瞳は……いつもの、優しいナギのままだった。
でかくなっても、優しいまま。……こいつらしいな。
ナギ
資質ランク C(D→C 進化)
レベル上限:50
新技【慈雨】
ランクが、DからCへ。
攻撃は、あいかわらず、控えめだ。
でも――"支える力"が、けた違いに、強くなった。
「ナギ。……試しに、頼む。みんなを、癒してやってくれ」
コポポ!
ナギが、静かに、宙を仰いだ。
すると――俺たちの頭上に、淡く光る細かな雨が降り始めた。
【慈雨】。
その、やさしい雨に、打たれると。
ヒノの火傷が、ソラの疲れが。……すう、と引いていく。
体に残っていた毒までもが、雨に洗い流された。
……あったかい。
まるで、ナギのやさしさそのものみたいな雨だ。
六匹が、その雨の下で、生き返っていく。
こんな支援、見たことがない。
傷を癒すだけじゃない。……状態異常まで、まとめて流してしまう。
鷹宮戦の長期戦でも、これなら最後まで戦い抜ける。
ナギは、少し照れくさそうに「コポ」と鳴いた。
……お前は、いつも、みんなをいたわってた。
自分のことは、後回しにして。
今日は、俺がその分、ちゃんと労うからな。
ナギが、俺の言葉に……ちょっとだけ、瞳をうるませた。
いつも、与えるばかりだった、こいつが。
初めて"与えられる"側になった。……そんな顔だった。
……もっと労ってやろう。
こいつが安心して、みんなを支えられるように。
それが、育てる側の俺の、務めってやつだ。
これで、進化は、四匹目。
ソラの速さ。ヒノの火力。ゴロの守り。
そして――ナギの、支え。
攻めるだけが、強さじゃない。
みんなを、最後まで立たせ続ける。それも、立派な力だ。
鷹宮に挑む準備が……ほとんど整った。
残るは、いちばん新しい、メイの育成だけ。
六匹のそれぞれの力が、少しずつ噛み合っていく。
……鷹宮。次は、俺たちの"全部"でいく。
「よし。……帰ろう、みんな。ナギ、今日は、ほんとに、ありがとうな」
ナギが、嬉しそうに俺の肩で、ぷるんと揺れた。
その雨上がりみたいな笑顔に、俺も、つられて笑った。
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【あとがき】
第四十七話、読んでくれてありがとうございます。
ナギが、D→Cへ進化しました。新技は【慈雨】。味方全体を癒し、毒などの状態異常も洗い流す、やさしい雨です。
ナギは攻撃がいちばん弱い子。でも今回の相手は、しぶとくて、毒でじわじわ削ってくる長期戦タイプ。だからこそ、勝敗を分けたのは"攻撃"じゃなく、ナギの"支え"でした。いつも自分を後回しにして、みんなを癒してきた子に、ちゃんと光を当てたかった回です。
これで進化は四匹目。速さ・火力・守り・支え。鷹宮に挑む準備が、ほとんど整いました。残るは、いちばん小さいメイの育成。
よかったら感想で、メイをどう育てたいか、教えてください。




