第42話 草の記憶
火口の層とは、正反対の場所だった。
あの分かれ道の奥。
降りていくと、空気がひんやり湿ってくる。
やがて、あたりは深い緑に包まれた。
岩肌をびっしりと苔が覆い、太い蔦があちこちから垂れ下がっている。
薄暗いのに、淡く光る大きな花が、点々と咲いていた。
……こんな場所が、ダンジョンの奥にあったのか。
じいちゃんの言うとおり、深層はまだまだ広い。
火口の層の熱が、まだ体に残っている。
その俺たちを、緑の層の冷たい湿り気が、そっと包む。
……きれいだ。でも、油断はできない。
こういう"きれいな場所"ほど危ないのが、ダンジョンだ。
ここへ来たのには、理由がある。
軍団にいない属性。……草だ。
草は、水や岩に強い。ナギやゴロが苦手にする相手を、任せられる。
それに、蔦や胞子で敵を搦め捕る、絡め手も使える。
……今の軍団に、いちばん足りないピースだ。
炎のヒノ。雷のソラ。岩のゴロ。水のナギ。そして、無のタマ。
……見事に、草だけが抜けている。
草が入れば、軍団の穴がぐっと減る。
搦め手で敵を止めて、その隙にみんなで叩く。戦術の幅が、広がるはずだ。
六匹目は、草属性でいきたい。
これも、育成の一部だ。
どんな仲間を、どう迎えるか。……そこから、もう戦いは始まってる。
……なんて、ちょっと、かっこつけすぎか。ヒノに笑われそうだ。
タマの産卵は、直前に戦った相手や場所で、種が変わる。
……だから今日は、この層で草の魔物をたっぷり狩る。
タマに"草の記憶"を刻むためだ。
「それに」
俺は、隣のヒノを見た。
紅く、大きくなった炎竜。
「進化したお前の力も、ここで試させてもらうぞ、ヒノ」
キュア! と、ヒノがやる気満々で火の粉を散らした。
俺たちは、緑の奥へ足を踏み入れた。
苔を踏む音だけが、やけに大きく響く。
……静かすぎる。何かが、潜んでいる。
さっそく、茂みがざわめいた。
現れたのは――
ツタ・ウォーム
属性:草
レベル40
蔦が絡み合って、蛇みたいになった魔物。
鞭みたいに蔦をしならせて、襲ってくる。
草属性。……なら、こいつは。
「ヒノ! お前の出番だ!」
キュキュアッ!
ヒノが大きく息を吸って――炎を吐いた。
ゴオオッ!!
炎が、草の魔物を包み込む。
……炎は、草に強い。
乾いた蔦は一瞬で燃え上がって、ツタ・ウォームはあっけなく燃え尽きた。
……つよ。
進化前のヒノとは、火力が桁違いだ。
紅蓮の炎が、緑の層を赤く照らす。
その光の中で、ヒノが誇らしげに、翼を広げた。
相性の有利もあって、もう雑魚が相手にならない。
「さすがだ、ヒノ! その調子で狩るぞ!」
次から次へと、草の魔物が湧いてくる。
でも、ヒノの炎がそれを片っ端から焼き払う。
……気持ちいいくらいの、快進撃だ。
巨大な食虫花が口を開けて襲ってくる。……ヒノの炎で、丸焼きだ。
棘だらけの蔦の塊が転がってくる。……ヒノが一息で、灰にする。
ゴロたちの出番もないくらいだ。
……ヒノ。お前、ほんとに強くなったなあ。
拾ったときの手のひらサイズが、嘘みたいだ。
でも――。
層の奥へ進んだとき。
地面から、ぬう、と"それ"が生えてきた。
アルラウネ
属性:草
レベル46
花の女みたいな姿。
その周りの地面から、無数の蔦が鎌首をもたげる。
……こいつは、さっきまでの雑魚とは格が違う。
草の魔物の、主って、ところか。
「ヒノ、焼け!」
いつもの調子で、ヒノが炎を吐く。
でも――アルラウネは、その炎を浴びる直前。
自分の周りに、水気を含んだ分厚い蔦の壁を張った。
じゅう、と、炎が殺される。
……生木か。乾いた蔦とは違う。
こいつは、そう簡単には燃えない。
しかも。
アルラウネの撒いた胞子が、きらきらと宙に舞う。
それを吸ったヒノの動きが、鈍った。
……痺れ胞子!?
ヒノが翼をもつれさせる。
その隙に、地面の蔦がいっせいに、ヒノの足へ絡みつく。
キュア!? と、ヒノがもがく。
……しまった。相性で押せるからって、ヒノを前に出しすぎた。
こいつは、力任せじゃ抜けられない相手だ。
まずい。ヒノ一匹じゃ、押し切れない。
……なら、いつもどおりだ。みんなでいく。
「ナギ! ヒノに綺麗な水を! 胞子を洗い流せ!」
コポポ!
ナギの水がヒノを包んで、胞子を流し落とす。
「ゴロ! 蔦を抑えろ! ソラ! 上から動きを削れ!」
グモォォン! ピィイィッ!
ゴロが、暴れる蔦を岩の腕で押さえつける。
ソラが、上空から雷で蔦を断ち切っていく。
アルラウネの守りが、こじ開けられていく。
生木の壁が剥がされて、本体がむき出しになった。
でも、アルラウネも必死だ。
残った蔦を鞭みたいに振り回して、抵抗する。
一瞬でも気を抜けば、また搦め捕られる。
……決めるなら、この隙しかない。
「今だ、ヒノ! ――紅蓮の吐息!」
キュキュアアッ!!
ヒノの、超高温の一点集中ブレスが。
濡れた生木ごと、アルラウネを貫いた。
……決まった。
進化して手に入れた、新しい一撃。
搦め手の格上を、ちゃんと仕留めた。
ヒノが、肩で息をしながら俺を見る。
……あぶなかったな、ヒノ。でも、よく耐えた。
強くなっても、独りで全部を背負わなくていい。
そのための、軍団だ。
ナギが、ヒノをねぎらうみたいに、水をふわりとかけた。
ゴロもソラも、寄ってくる。
……こいつら、ほんとに、いい仲間だ。
アルラウネが、光の粒になって消える。
そのあとに、草の濃い匂いが残った。
……よし。
これだけ草の魔物を狩れば、じゅうぶんだ。
タマにも"草の記憶"が、しっかり刻まれたはずだ。
俺は、タマを抱き上げた。
タマはいつもの目で俺を見て、なぜかこの層を、興味深そうに見回している。
……こいつ、なんでこんなに、この層が気になるんだ?
まあいい。産卵の"素材"を、選んでるのかもな。
……いや。
時々こいつは、俺の狙いなんてとっくにお見通しだ、みたいな顔をする。
運30のこいつなら、ありえない話じゃない気がして。
「タマ。……次は、お前の番だ。家に帰ったら、頼めるか?」
キュルッ、と、タマが頷くみたいに鳴いた。
進化したヒノの成果も、確かめられた。
草属性の狩りも、済ませた。
あとは――家に帰って、産卵。六匹目を迎える。
層の、いちばん奥。
淡く光る花の群れの向こうに。
……また、あの境目と同じ模様が、壁に見えた気がした。
どの深層の奥にも、あの模様はある。
……この世界は、いったい、どうなってるんだ。
……いつか、ぜんぶ暴いてやる。父さんのいる場所ごと。
でも、今は。
新しい仲間を迎えることに、集中しよう。
草の記憶は、刻んだ。
ヒノの成長も、見届けた。
あとは、タマに任せるだけだ。
……どんな子が、生まれてくるかな。
水にも岩にも強い、頼れる搦め手。……楽しみで、しかたない。
……帰るぞ、みんな。六匹目に、会いに。
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【あとがき】
第四十二話、読んでくれてありがとうございます。
今回は、進化したヒノの"お披露目"回でした。炎は草に強い。だから緑の層では、ヒノの独壇場……と思いきや、アルラウネの生木の壁と痺れ胞子で、一筋縄ではいきませんでした。強くなっても、油断すれば足をすくわれる。だからこそ、軍団みんなで崩して、最後に紅蓮の吐息を通す。ヒノの成長と、連携の両方を見せたかった回です。
そして、ソウマの本当の狙いは"厳選"。六匹目は、まだ軍団にいない草属性でいきたい。だから草の魔物をたっぷり狩って、タマに「草の記憶」を刻みました。
次回、いよいよ産卵。六匹目の卵は、どんな子になるのか。
よかったら感想で、草属性の相棒に期待すること、教えてください。




