↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/79

第36話 いちばん高い場所

 特進の、さらに上。

 学園の最上階へ続く階段を、俺は昇っていた。

 腕の中には、タマ。あの日から片時も離していない。


 上へ行くほど、空気が変わる。

 人の気配が、消えていく。

 磨き上げられた廊下はしんと静まって、まるで誰も住んでいない城みたいだった。

 高そうな絵画も、古めかしい甲冑も、無言でこう告げていた。

 ここは特別な場所だ、と。

 ハズレ組だった俺が、まさかここまで来るなんてな。


 途中の踊り場で、榊先生が待っていた。


「……行くのか」


「はい」


「円城寺の言うことを、全部は信じるな。あの人は嘘をつかない。だが、本当のことも、全部は言わない」


 榊先生の顔は真剣だった。


「お前の父さんも、あの人を頼って……その先で消えた。気をつけろよ」


「ありがとうございます。……でも、行きます。父さんのいる場所へ」


 榊先生はそれ以上、止めなかった。

 ただ、俺の肩を一度だけ、強く叩いた。


「……無事に戻ってこいよ」


 その一言が、やけに重かった。

 戻れないかもしれないと、この人も知っているみたいに。


 最上階の、いちばん奥。

 円城寺は、飾り気のない鉄の扉の前で待っていた。


「よく来たわね」


 その微笑みはいつもと同じ。

 なのにこの場所のせいか、ひどく遠く見えた。


 扉が重い音を立てて開く。

 その先は――部屋じゃなかった。


 ぽっかりと口を開けた、巨大な縦穴。

 学園のいちばん高い場所のはずなのに。

 その底は、どこまでも暗く深く沈んでいた。

 のぞき込むだけで、足がすくむ。

 "高い場所"のはずが、俺は今、途方もなく深いものの真上に立っている。

 ……矛盾している。なのに、そうとしか感じられなかった。


 そして、穴を囲む円い壁の一面に。

 ……あの模様が、彫られていた。


 タマの首輪と、同じ。

 ダンジョンのあの壁と、同じ。

 古い掘り込みの模様が、無数に、ぐるりと。


 ……ここは。


 見ているだけで、耳の奥がきぃんと鳴る。

 ダンジョンであの壁に触れたときと、同じだ。

 ここは"来てはいけない場所"だと、本能が叫んでいる。


 腕の中で、タマが身じろぎした。

 穴の底をじっと見下ろして、喉の奥で低く鳴く。


「グルルゥ」


 ……警戒。いや、違う。

 これは――呼ばれてる、みたいな。

 こんなタマ、初めて見る。

 怖がってもいない。怒ってもいない。

 ……懐かしんでいる、みたいだった。


「ここが、この学園の"本当の心臓"」


 円城寺の声が、穴に吸い込まれていく。


「百五十年前。ドラゴンとダンジョンと一緒に"別のもの"が来た、その入り口。……世界と、"向こう側"の境目よ」


「学園なんて、ただの器。才能で竜を選び、序列をつける仕組みも……ぜんぶ、"この境目を守れる人間"を選び抜くための、ふるいにすぎないの」


 ……クラス制も。昇格戦も。

 ぜんぶ、ここへたどり着ける人間を選ぶための、ふるい。

 じゃあ俺が積み上げてきた、あの戦いは。

 ……ぜんぶ、この人たちの手のひらの上だったのか。

 いや、違う。

 俺は自分の意志で、ここまで来た。タマと、仲間と。

 ……そう、思いたい。


 境目。

 ……この底なしの穴の向こうに、父さんがいるのか。


「あなたのお父さんは、ここから向こうへ渡った。自分の意志で。……あれを"閉じる"ために」


「閉じる……?」


 円城寺は答えずに、俺の腕の中のタマを見た。


「この境目を、開くことも閉じることもできる、たった一つの鍵。それが――その子のような"星"なの」


 どく、と心臓が鳴った。


「あなたのお父さんの相棒も、同じ"星"だった。だからあの人は、相棒を連れて向こうへ渡れた。……そして、二人とも帰ってこない」


「彼は、"別のもの"がいつか完全にこちらへ溢れ出す、その前に。境目を内側から閉じようとした。……たった一人と、一匹で」


 父さん。……そんな無茶を。

 たった一人で、世界の境目を閉じるなんて。

 ……無事でいられるわけが、ない。

 なのにあの人は、それを選んだ。


 やっぱり。

 父さんは、あの日。相棒と一緒に、この穴の底へ。


 円城寺が、穴の縁を指し示す。


「あなたがお父さんに会いたいなら。方法は、一つだけ」


 その先を、聞きたくなかった。

 でも、聞くしかなかった。


「その子の首輪を外して、完全に目覚めさせる。そして、その子と一緒に、向こうへ渡るの。……お父さんが、そうしたように」


 ――ぞくり、とした。


 俺は、腕の中のタマを見た。

 こいつは、俺の全部だ。E組で独りだった俺に、最初にできた家族だ。

 この子を、失うかもしれない。

 でも、父さんはこの穴の向こうにいる。会ったことも、ほとんどない父さんが。

 ……どっちも、選べない。どっちも、俺の大事なものなのに。

 円城寺も、榊先生も、じいちゃんも。

 誰も、俺の代わりには選んでくれない。

 これは俺が、俺だけが決めることだ。

 ……こわい。正直、こわい。

 でも、ここまで歩いてきたのは、俺自身だ。


 首輪を外す。タマを、完全に覚醒させる。

 あの、俺の知らない"何か"にする。

 そして、この底なしの闇へ、二人で。

 ……父さんみたいに、二度と、戻れないかもしれない場所へ。


「父さんに会うには……タマを失うかもしれないし、俺も、還れないかもしれない。そういう、ことか」


 円城寺は、それ以上何も言わず、静かに頷いた。


「だから言ったでしょう。もう、後戻りはできない、と」


 その声に、初めて。

 勝ち誇りでも企みでもない、何かが混じった気がした。

 ……もしかして、この人も。誰かをこの穴の向こうに、置いてきたんだろうか。


 そのときだった。


 腕の中から、タマが、するりと抜け出した。

 とん、とん、と穴の縁へ歩いていく。

 底なしの闇を見下ろして――振り返った。


 その目は、いつものまんまるの目。

 なのに俺には、こう言っているように聞こえた。

 俺は、動けなかった。

 タマのちいさな背中が、今は途方もなく遠くに見えた。


 ――行こう、と。


 こいつは、わかっているのか。

 自分が"何"で、この向こうに何があるのかを。

 それとも、ただ俺を父さんのところへ連れて行こうと、しているだけなのか。


 スキル欄が、また、ひとりでに。


  スキル:???


 ……ぼう、と、灯り始める。


 その光に呼応するみたいに、壁の模様がひとつ、またひとつと淡く光り出す。

 穴の底から、ずうん、と地鳴りのような響き。

 ……"向こう"が、目を覚まそうとしている。

 背筋が凍った。

 この扉を、本当に開けていいのか。

 その先で待つのが父さんなのか、それとも――。


 父さん。あんたは、どんな気持ちで、この縁に立ったんだ。


 俺の手は、いつのまにか。

 タマの首輪に、伸びていた。

 指が、留め具に触れる。

 カチ、と小さな音がした。

 ――外れる。ほんの少し、力を入れれば。


 タマは、こっちを見ている。

 急かしもせず、ただ、待っている。

 その、まんまるの目を見ていたら。

 ……涙が、出そうになった。


 なあ、タマ。

 俺は。……俺は、どうすればいい。


 外すのか。外さないのか。

 ……自分でも、まだ、わからない。



───────


【あとがき】


 第三十六話、読んでくれてありがとうございます。


 ソウマがたどり着いた学園の最上には、"向こう側"への境目――底なしの縦穴がありました。首輪と同じ、あの模様に囲まれた場所です。

 父は、タマの"前の相棒"と一緒に、そこを渡った。だから帰ってこない。そして父に会うには、タマの首輪を外して完全に目覚めさせ、一緒に渡るしかない……戻れる保証もないまま。


 父を取り戻すか。タマを、いつものタマのまま、そばに置いておくか。

 ソウマの手は、首輪に伸びたまま、止まっています。


 よかったら感想で、あなたならどうするか、聞かせてください。

 次回、ソウマが選びます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。