第34話 目を、覚ます
特進に、上がった。
でも、そこは、ゴールじゃなかった。
円城寺の待つ、学園のいちばん高い場所。
そこへ行くには――もう一枚、壁がある。
二年首席。鷹宮シュウ。
この学園で、頂点に、立つ男だ。
その鷹宮が。
わざわざ、俺の前に、現れた。
……ただ、立っているだけ、なのに。
空気が、張り詰める。"格"が違う、ってのが、肌でわかる。
こいつが、本物の、頂点か。
「一年で、特進まで上がった、軍団使い。……見にきたよ」
涼しい顔で、そう言った。
「僕に勝てたら、"上"に行かせてやる。円城寺理事長も、そう言っている。……来なよ」
……試されてる。
でも、望むところだ。
この壁を、越えた先に、答えがある。
父さんが行った、"向こう側"。タマの、正体。
……ぜんぶ、あの人のいる場所に、ある。
だったら、進むしかない。この壁を、壊してでも。
今日は、タマも、出す。
五匹、全員。俺の、全力だ。
……不安がないと言えば、嘘になる。
でも、ここで引いたら。俺は、何のために、ここまで来たんだ。
闘技場に、鷹宮の相棒が、舞い降りた。
銀色の、翼。細く、鋭い体。
風をまとい、輪郭が、ぶれて見えるほど――速い。
ただ、そこにいるだけで。
ぞわり、と、本能が告げてくる。……"格上"だ、と。
いや。格上、なんて言葉じゃ、足りない。
シルバーホーク
属性:風
資質ランク S レベル58
……ランクS。レベル58。
うちの、いちばん上の、ゴロ(Lv39)でも。届かない。
資質も、レベルも。……何もかも、桁が、違う。
でも。
俺には、五匹の、連携がある。
……いつもどおり、やるだけだ。
『――両者、はじめ!』
「ゴロ、壁! ソラ、上を取れ! ヒノ、蒸気――」
言い終わる、前だった。
シュンッ。
……消えた?
いや。違う。
速すぎて、見えなかった、んだ。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!
気づいたときには。
ソラが、ヒノが、ナギが。
一瞬で、弾き飛ばされて、地面に、転がっていた。
「なっ……!?」
速い。速すぎる。
ソラの飛行が、止まって見えるほど。
俺の、指示が。まるで、間に合わない。
ソラを、上空へ上げた。飛行なら追える、と。
でも、シルバーホークは、その、さらに上を取っていた。
背後から、風の刃。ソラが、悲鳴を上げて、墜ちる。
ナギの水も、届かない。撒くそばから、風で、吹き散らされる。
ヒノの炎も。……当たらなきゃ、ただの、火だ。
……なら。全部まとめて、当てるしかない。
「ナギ、蒸気! ヒノ、炎! 視界を、奪え!」
白い煙幕が、闘技場を、包む。
これで、あの速さも、狙いが定まらな――。
「無駄だよ」
煙の中から、声。
次の瞬間、その煙が、"渦"を巻いて、吹き飛ばされた。
……風だ。たった一度の、羽ばたきで。俺たちの、いちばんの切り札を。
煙が晴れる、その前に。
シルバーホークは、もう、俺の目の前に、いた。
「ゴロ! グランド・ウォールを――」
ずしん、と、岩の壁が、せり上がる。
でも。
シルバーホークは、その壁を、あっさりと飛び越えて。
真上から、ゴロを、蹴り抜いた。
グモォッ!?
うちの、鉄壁が。一撃で、吹き飛んだ。
ゴロが、地面に叩きつけられて。ぴくり、とも動かなくなった。
五匹の、要。守りの要塞が。……ものの、数十秒で。
……嘘だろ。
積み上げてきた、連携が。工夫が。
この、"速さ"の前じゃ。……何も、通じ、ない。
「遅いよ」
鷹宮の声は、涼しいままだ。
「壁、囮、相性。……工夫は、悪くない。でもね。それは全部、"追いつける速さ"の中での、話だ。……僕には、届かない」
ぐ、と、奥歯を、噛んだ。
……ランクの差。地力の差。
努力で、埋めてきた。数で、連携で、覆してきた。
でも――こいつは。その、努力の"外側"に、いる。
……初めてだ。
こんなに、何もできないのは。
育てても。工夫しても。連携しても。
"生まれ持ったもの"の差が、こんなにも残酷に、そびえてる。
……父さんも。この壁の前で、立ち止まったのか。
四匹が、倒れて。
立っているのは、もう、タマだけだった。
「そいつも、"運"で、勝ってきたクチだろう。……見せてみなよ。その、まぐれを」
タマが、俺の前に、出た。
ちいさな体で。銀の怪物の、前に。
――やめろ、タマ。相性も、速さも、ぜんぶ、不利だ。
こいつには、勝て――。
そのとき。
俺の、ステータス越しの、視界が。
ぐにゃり、と、歪んだ。
運 30
その数字が。
じわり、と、滲んで。……せり上がっていく。
運 ??
……30が、増えていく?
いや。違う。"増えてる"んじゃない。
その数字が、"抑えきれなく"なって――あふれ出してるんだ。
え。
闘技場の、空気が。
ぞくり、と、粟立った。
あれだけ吹いていた、シルバーホークの風が。
……ぴたり、と、止んだ。
いや。風だけじゃ、ない。
闘技場の、音が。ぜんぶ、消えた。
観客の、ざわめきも。倒れた仲間の、息づかいも。
まるで、世界が――タマの周りだけ、"別の場所"に、なったみたいに。
地面に転がってた、四匹が。
のろのろと、顔を上げて。……タマを、見た。
そして、いっせいに。……タマから、這って、逃げようとした。
あんなに懐いてた、仲間が。
ボロボロの体で。それでも必死に、タマから距離を取ろうと、してる。
……こいつら、"知ってる"んだ。
これから、"何"が起きるのかを。
タマの、首輪が。
ぎち、ぎち、と、軋んだ音を、立てる。
まるで、中の"何か"を、必死に抑えつけるみたいに。
そして。
いつも閉じてる、あのスキル欄が。
スキル:???
ゆっくりと。
――開き、始めた。
「……なん、だ。それは」
あの鷹宮が。
初めて、顔色を変えて、後ずさった。
「おい……。冗談、だろう。……そんな"格"の竜が。なんで、こんな、下級生のそばに――」
鷹宮の声が、震えていた。
この学園の頂点に立つ、男が。
――怯えて、いた。
俺は、タマに、駆け寄ろうとした。
「タマ! ……戻ってこい! その首輪、外れそうなのか!?」
でも、足が、動かない。
こいつの周りだけ、空気が、重い。
……"近づくな"って、世界そのものに、言われてるみたいに。
タマが、俺を、振り返る。
いつもの、まんまるの目。
……のはずが。
その目は、もう。
俺の、知らない色に、染まっていた。
「タマ……?」
尻尾が、ゆらり、と揺れる。
……甘えるときの、あれと、同じだ。
なのに、ちっとも、あたたかく、ない。
ぞわ、と、全身が、粟立った。
円城寺の言葉が、耳の奥で、響く。
――"次に目を覚ましたとき、あなたの知っている、タマじゃ、ないかもしれない"。
この子は、今から。……"何"に、なるんだ。
そして――目を覚ました、こいつは。
まだ、俺の、味方で、いてくれるのか。
タマの口が、ゆっくりと、開く。
いつもの、キュルッ、じゃない。
聞いたことのない、低い声が。……漏れ、始めた。
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【あとがき】
第三十四話、読んでくれてありがとうございます。
特進の先に立っていたのは、二年首席・鷹宮。ランクS、レベル58。
積み上げてきた連携も工夫も、"速さ"という圧倒的な地力の前では、何も届かなかった――ソウマにとって、初めての、本物の壁でした。
そして絶体絶命のその時、ずっと閉じていたタマのスキル「???」が、開き始めます。
円城寺は言っていました。「その子が"次に"目を覚ましたとき、知っているタマじゃ、ないかもしれない」と。
……それが、今、起きようとしています。
よかったら感想で教えてください。
開こうとしているこの力は、ソウマを救うものだと思いますか。それとも――。
次回、タマが目を覚まします。




