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『ハズレ竜タマは、軍団を産む。』  作者: tatsuya akaike


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第31話 首輪の、意味

 あの日から。

 俺は、うまく、眠れなかった。


 ダンジョンで見た、あれ。

 ステータスに浮かんだ、《(  )が見ています》。

 「???」が、一瞬だけ変わった――《たすけて》。

 そして、俺の腕の中で、震えていた、タマ。


 ……気のせいだ。そう、思い込もうとした。

 でも、指先の冷たさは、まだ消えてない。


 ……いや。それだけじゃ、ない。

 あの日から、俺は、気づき始めてた。

 落とした箸が、なぜか、俺の手のひらに、戻ってくる。

 転びかけた足元に、なぜか、ちょうどいい石が、あった。

 ……ぜんぶ、タマが、そばにいるときだ。

 "運がいい"。今まで、そう思ってた。

 でも、一度"おかしい"と思っちまったら。もう、元には、戻れなかった。


 夜。庭で、タマは、いつもどおり丸くなって、眠っている。

 キュー、と、寝言みたいな声。

 ……ほんとに、いつもの、タマだ。

 なのに俺は、こいつの寝顔を、まっすぐ見られなかった。


 ――こわいのか。俺は。

 自分の、相棒を。

 その考えが、いちばん、俺を、へこませた。

 こいつは、何も悪くない。……はずなのに。


 俺は、縁側のじいちゃんのところへ、行った。


「じいちゃん。……この首輪。父さんが、"初代の相棒"に、つけてたやつ、だよな」


「ああ。俺が、作った」


「……この、模様」


 俺は、首輪に彫られた、古い掘り込みを、指でなぞった。


「ダンジョンの壁に、同じのが、あった。……ずっと深い、層の」


 じいちゃんの、湯呑みを持つ手が。

 ぴたり、と止まった。


「……どこで、見た」


 その声は。いつものじいちゃんじゃ、なかった。


 しばらく黙って。

 じいちゃんは、ぽつり、と言った。


「……その模様はな。俺が、考えたもんじゃ、ない」

「え?」

「お前の父さんが、ある日、これを彫ってくれ、と。……この模様じゃなきゃ、だめなんだ、と」


 ……父さんが。


「わけを聞いても、あいつは、笑ってはぐらかすだけでな。ただ、一度だけ、言った。……"これがあれば、あの子は、まだ眠っていられる"、と」


 眠って、いられる。

 ……あの子、って。父さんの、相棒のことか。


「父さんの相棒。……どんな竜だったんだ」


 じいちゃんは、遠い目をした。


「……お前のタマに、そっくりだったよ。資質は、最低。なのに、妙に、"運が良くてな"」


 どく、と。心臓が鳴った。


「あいつの周りじゃ、いつも、都合よく物事が運んだ。危ないことは、ぜんぶ、なぜか逸れていった。……まるで、誰かが、あいつを守ってるみたいに」


 ……ダンジョンの、あれと。同じだ。


「でも父さんは、それを"運がいい"とは、言わなかった。……"この子が、そうしてるんだ"、と。守ってるんじゃなく――こらえてるんだ、と」


 こらえてる?

 ……何を。


「父さんはな。あの子の"運"を、ずっと調べてた。夜中、古い文献を、あさってな」


「文献?」


「……百五十年前。ドラゴンとダンジョンが、この世界に現れた、あの日のことだ」


 百五十年前。

 ……授業で、習った。原因不明の、世界の始まり。


「あいつは、言ってた。"あの日、現れたのは、ドラゴンだけじゃない"、と。……"何か、もっと別のものも、一緒に来た"、とな」


 別の、もの。

 ……ぞくり、とした。

 ……まさか。タマの、あの"運"は。

 その、"別のもの"と。関係、あるのか。


 じいちゃんは、俺の顔を見た。

 その目に、初めて見る、怯えみたいなものが、あった。


「ソウマ。……お前、ダンジョンで。その首輪の"???"が、何かに変わるのを、見たか」


 ――どきっと、した。

 なんで、それを。


「……見た。一瞬だけ。《たすけて》、って」


 じいちゃんの顔から。

 すう、と、血の気が引いた。


「……そうか。もう、そこまで来てるのか」


「じいちゃん!? どういう意味だよ!」


 俺は、思わず、じいちゃんの肩を、掴んでいた。


「何を知ってるんだよ。タマは、何なんだ。……教えてくれよ!」


 じいちゃんは、俺の手を、そっと外した。

 その手は、震えていた。


 じいちゃんは、答えなかった。

 代わりに、震える声で、こう言った。


「……あのな、ソウマ。父さんの相棒は。父さんが消えた、あの日。……一緒に、消えたんだ。跡形も、なく」


 ……!


「俺はずっと、思ってた。あの子が、父さんを守れなかったのか。それとも――」


 じいちゃんは、そこで、言葉を切った。

 言いたくない、みたいに。


「……本当は、渡すべきじゃ、なかったのかもしれん。お前に、その卵を」


 そのときだった。

 庭で、眠ってたはずのタマが。

 ……起きてた。

 俺たちの方を、じっと、見ている。

 いつもの、まんまるの目で。

 なのに、その目は。……"聞いてる"、みたいだった。俺たちの、話を。


 じいちゃんが、ぴたり、と口をつぐんだ。


「……ここまでだ。あの子が、聞いてる」


 え。

 ……なんで。なんで、それが、まずいんだよ、じいちゃん。


 背筋が、寒くなった。

 でも――俺は、タマを見た。


 庭で、まんまるになって、眠ってるこいつ。

 "最低の資質"のハズレ卵から生まれた、俺の相棒。

 一緒に、ここまで来た。E組から、A組まで。

 何度も、俺を勝たせて。……守ってくれた。


 こいつが、"何か"を抱えてるって、いうなら。

 ……なら、俺は。その"何か"を、一緒に抱えるだけだ。


 だって、タマは。

 俺が、いちばん弱かったとき。誰にも、期待されなかった、あの日に。

 俺を選んで、生まれてきてくれた。

 ……たとえ、それに"裏"が、あったとしても。

 こいつと過ごした時間が、嘘だったなんて。俺は、絶対に、思わない。


「じいちゃん。俺、逃げないよ。タマからも、真実からも」


 じいちゃんは、少しだけ笑った。泣きそうな顔で。


「……ほんと、父さんに、そっくりだ」


 その翌日。

 学園の下駄箱に、一通の手紙が、入っていた。

 差出人は、ない。

 でも、その上品な字に――見覚えが、あった。


 『そろそろ、話をしましょうか。

  あの子のことも。あなたの、お父さんのことも。

                ――円城寺』


 ……円城寺。

 入学のときから、ずっと。俺と、タマを、"見て"いた、あの人。


 "大きな星を背負っている"。

 あの言葉の意味を。

 ……ついに、あの人が、話す気になった。


 手紙を握る手が、少し、震えた。

 榊先生の言葉が、よみがえる。

 "上に行くほど、目立つ。父親と、同じように"。

 ……そうだ。俺は今、父さんが消えた、あの日に。いちばん、近づいてる。

 怖くない、と言えば、嘘になる。


 行くしか、ない。

 タマの正体。父さんの真実。ぜんぶ、その先にある。


 俺は、眠るタマを、そっと抱き上げた。

 あたたかくて。少しだけ、震えてて。

 ……大丈夫だ、タマ。

 何があっても、俺が、お前の、相棒だ。


 腕の中で、タマが、キュルッ、と鳴いた。

 安心した、みたいに。

 ……それとも。

 "うまくいった"、みたいに?


 ――それが、"誰か"の、望みだったとしても、な。



───────


【あとがき】


 父さんの相棒は、父さんと"一緒に"消えた。

 タマの首輪の模様は、深いダンジョンの壁と、同じだった。

 そして、じいちゃんは言った。「守ってるんじゃなく、こらえてるんだ」と。


 

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