第3話 最弱の育て方
翌朝。
俺は、日が昇る前に起きた。
前世だったら、ありえない。徹夜明けに昼まで寝てるのが俺の生活だった。
でも、今は違う。やることがある。攻略すべきものが、目の前にある。
タマは、俺の枕元で、ぐーすか寝ていた。
「おい、タマ。起きろ。レベル上げだ」
「キュ……」
返事はしたが、目は開かない。
……まあ、こういうとこも俺に似てる。前世の俺も、目覚ましを五回は止めるタイプだった。
「起きろって。ほら、メシ」
その一言で、タマはがばっと起きた。
現金なやつ。そういうとこも――まあ、いい。
庭に出ると、じいちゃんが、もういた。
朝もやの中で、古い革の手綱を、ていねいに磨いている。
もう、使う相手もいないのに。
「じいちゃん、早いな」
「年寄りは、目が早く覚めるんだ」
じいちゃんは振り返って、俺の足元のタマを見た。
タマは、俺の足にぴったりくっついて、眠そうに目をこすってる。
「で。お前、こんな朝っぱらから、何する気だ」
「タマを、強くしたい」
俺がそう言うと、じいちゃんは片眉を上げた。
「ほう」
「どうやったら、こいつのレベル……強さを、上げられる? じいちゃん、ドラゴン育てるプロだろ」
半分は、本音だ。
俺には、ステータスを見る目がある。何が強いか、どこを伸ばせばいいかは分かる。
でも――「どう育てるか」の現場の技術は、持ってない。前世はゲームの中で数字を上げてただけだ。
現実のドラゴンを、土と汗で育ててきた人間の知識。
それは、このじいちゃんの中にしかない。
じいちゃんは、しばらく俺を見ていた。
それから、ふっと笑った。
「めずらしいな。お前が、何かを"やりたい"なんて言うのは」
「……悪かったな、今まで」
「いや」
じいちゃんは、磨いていた手綱を、そっと脇に置いた。
「いい目になった。昨日までのお前と、違う目だ」
「いいか、ソウマ」
じいちゃんは、庭の隅を指さした。
そこには、ボロいけど頑丈そうな、丸太や岩が転がっている。昔、ドラゴンを鍛えるのに使ってたやつらしい。
「強いドラゴンってのはな。強い卵から生まれるんじゃない」
「え?」
「育て方で、決まるんだ」
その言葉に、俺は内心、おっと思った。
それ、まさに俺が前世で何千時間もやってきた、育成ゲーの真理そのものだ。
「今の連中は、金で強い卵を買う。手っ取り早いからな。だが、それで手に入るのは"そこそこ"止まりだ」
じいちゃんは、タマを見下ろした。
「本物は、最弱から育てたやつの中にしか、生まれん」
最弱から、育てる。
俺は、思わず笑いそうになった。
じいちゃん。それ、俺がいちばん得意なやつだ。
そこからは、地道だった。
じいちゃんが教えてくれたのは、派手なことじゃない。
タマに合った運動。食事。休ませ方。鳴き声から体調を読む方法。
「ドラゴンは、言葉を話さん。だがな、ぜんぶ顔と声に出る。それを読めなきゃ、テイマーじゃない」
たとえば、タマが「キュルッ」と高く鳴いたら、機嫌がいい。
「グルルゥ……」と低く唸ったら、不満か、疲れてる。
俺は、それを一個ずつ覚えていった。
ステータス画面には出ない、"生きてるドラゴン"の情報。それを、じいちゃんが手渡してくれる。
そして、俺はそこに――前世の知識を、重ねていく。
どの順番で鍛えれば、効率がいいか。
どこで休ませれば、いちばん伸びるか。
ゲームで何千回も繰り返した、最適な育成ルート。
じいちゃんの"現場の技術"と、俺の"攻略の知識"。
この二つが、重なった瞬間――
タマの体が、ぼうっと、淡く光った。
「……っ!」
俺の頭に、情報が流れ込む。
――タマ。レベル 1 → 2。
「上がった……!」
たった、1。されど、1だ。
ゲームでいう、最初の一匹目の、最初のレベルアップ。
でも、こいつは"レベル上限なし"。ここから、どこまでも伸びる。
タマは、自分の体の変化に驚いたのか、ぴょこんと跳ねた。
「キュルルッ!」
その鳴き声は、さっきより、ちょっとだけ力強かった。
「じいちゃん。今の、見えた?」
「いや。光ったのは見えたが……お前、何が分かるんだ?」
じいちゃんは、不思議そうに俺を見た。
そうだ。レベルが見えるのは、俺だけだ。
一瞬、話そうか迷った。
でも――やめた。まだ、早い。
「いや。なんとなく、強くなった気がして」
「……そうか」
じいちゃんは、それ以上は聞かなかった。
ただ、タマを見て、また、ふっと笑った。
「面構えが、昨日より、ちょっとだけ良くなったな」
やっぱり、このじいちゃん――数字は見えなくても、何かを見てる。
その夜。
俺は、布団の中で、頭の中の"情報"をもう一度、呼び出した。
念じると、目の前に、いつもの画面が浮かぶ。
俺にしか見えない、ステータスってやつだ。
【タマ】 資質ランク E
レベル2
HP 18 / MP 12
筋力7 敏捷12 精神9 体力8 運30
スキル:産卵(レベル5で解禁)
レベル上限:なし
……レベル5、か。
今が2だから、あと3つ。
数字だけ見れば、すぐそこ。
でも、生まれたてのちびドラゴンにとっちゃ、けっこうな壁だ。今日一日かけて、やっと1上がったんだからな。
それに、一個、気づいたことがある。
タマのやつ、敏捷だけ、やけに伸びがいい。レベル1で10、もう12だ。
……こいつ、素早さ型か。なるほどな。覚えとこう。
そして、もう一個。
あの、最初から気になってた運の30。
あれ、レベルが2になっても――きっかり30のまま、1も動いてない。
まあ、それは、いい。運ってのは、もともと、そういうステータスだ。
どのドラゴンも、運だけはレベルで変わらない。生まれつき固定。それは、知ってる。
問題は、その固定された数字が、30だってことだ。
普通のドラゴンは、運なんてせいぜい一桁。エリートでも10がいいとこ。
なのに、こいつは、生まれつき30で固定されてる。最低ランクのくせに。
……やっぱり、なんかあるな。こいつの運。
今は分からない。けど、頭の隅に、留めておくことにした。
でも――逆に言えば、だ。
あと3レベル上げれば、タマは卵を産む。
卵が産まれれば、軍団が、動き出す。
ゴールが、はっきり見えた。
ゲームでいう、最初のクエストの達成条件。こういうのが見えてると、俄然やる気が出る。
最弱の、灰色のちびドラゴン。
ここから、世界がひっくり返る。
俺は、隣で丸くなってるタマの頭を、そっと撫でた。
「明日も、やるぞ」
「グルルゥ……」
……ま、その反応も、知ってた。
でも、明日もこいつは、メシって言えば起きる。
俺たちは、そういう似た者同士だ。
――ただ、このときの俺は、まだ知らなかった。
タマのレベルが、ある数字を超えたとき。
ずっと"なし"だと思ってたこいつの正体に、とんでもない秘密が隠されてたことを。
それを知るのは、もう少し、先の話。
───────
【あとがき】
第三話、読んでくれてありがとうございます!
今回は、じいちゃんとの初タッグ回。
ソウマの"攻略知識"と、じいちゃんの"育成の技"。
この二つが合わさって、はじめてタマは強くなれます。
地味だけど、ここが天野家のいちばんの武器です。
▼次回予告
ついにタマのレベル上げが本格化!
……でも、家の近くだけじゃ限界が。
ソウマ、次なる狩り場へ……?
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次回も、似た者コンビでお届けします。




