第22話 ハズレなんて、竜にはいない話
C組に上がって、しばらく経った、ある日の放課後。
俺は、久しぶりに、E組の教室に、顔を出していた。
「よー、C組さま! わざわざ古巣に、御足労どうも!」
タケが、にやにやしながら、迎えてくれる。
……上がったからって、こいつらと縁が切れるわけじゃない。
今日は、E組の連中と、合同練習だ。タケに誘われた――いや、正確には、俺から言い出した。
訓練場の隅に、E組の面々が、それぞれの相棒を連れて、集まっていた。
みんな、どこか自信なさげだ。連れている竜も、地味なやつばかり。
……うん。この、"伸びしろの塊"みたいな空気。嫌いじゃない。
その中に、ひときわ、小さくなっている子がいた。
気弱そうな、女の子。名前は、ノノ、っていうらしい。
その足元で、丸っこい、茶色い小型の竜が、もそもそと、地面を掘っていた。
「その子……モグ、っていうの」
ノノが、消え入りそうな声で言う。
「土属性で……穴を掘るのだけ、得意で。攻撃も、飛ぶことも、できなくて。……私、やっぱり、テイマー、向いてないのかも」
モグは、ノノの言葉なんて気にせず、ずぼっ、と地面に潜って、少し離れた場所から、ひょこっと顔を出した。
……へえ。
俺は、しゃがんで、モグの掘った穴を、覗きこんだ。
「ノノ。……このモグ、すごいぞ」
「え……?」
「考えてみろ。戦いの最中に、いきなり足元から、こいつが飛び出してきたら。……どんな強い竜だって、びっくりして、隙ができる」
ノノが、目を、ぱちくりさせる。
「地中からの奇襲。味方の退路づくり。相手の足場を崩す、落とし穴。……モグにしか、できないことだらけだ」
「でも……地味、だよ?」
「地味な仕事ほど、戦いをひっくり返すんだよ。うちのゴロだって、"動かないだけ"の壁だ。でも、そいつが何度、俺を救ったか」
足元のゴロが、「グモ」と鳴いた。まるで、相づちみたいに。
ノノが、モグを見る目が、少し、変わった。
「……モグ。ほんとに、そんなこと、できるの?」
「モゴッ」
モグが、やる気を出したみたいに、ずぼっ、と潜って――今度は、ノノの真後ろから飛び出して、びっくりさせた。
「わっ!? ……もう、モグったら」
ノノが、笑った。初めて、笑った。
……いいぞ。その顔だ。
その調子で、俺は、ほかのE組の連中の相棒も、一匹ずつ、見ていった。
「リク、お前のそのバリ。硬い樹皮が自慢なんだろ? なら、無理に噛みつきにいくな。囮になって、相手を引きつけて、耐えろ。それが、こいつのいちばんの武器だ」
「お、おお……!? なんか、急に、頼もしく見えてきたぞ!」
リクが、単純に、目を輝かせる。
……こいつらの竜は、ハズレなんかじゃない。
ただ、"活かし方"を、知らなかっただけだ。俺だって、タマで、そうだった。
と、そのときだった。
「ハッ。……なんだ、これ。ハズレ同士の、傷の舐め合いか?」
訓練場の入り口に、見覚えのある顔が、立っていた。
九条ハヤテ。……昇格戦で、俺が倒した、B組のエリートだ。
まだ、あのときの恨みが、消えてないらしい。
「天野。せっかくC組に上がったのに、こんな落ちこぼれの子守り? ……趣味が悪いね。そんな暇があるなら、上で結果でも出したらどうだ」
ノノが、びくっと、肩をすくめる。
モグを、かばうように、抱きしめた。
……あーあ。せっかく、前を向きかけてたのに。
俺は、静かに、立ち上がった。
「九条。ひとつ、教えてやる」
「……なんだと?」
「"ハズレな竜"なんて、いない。いるのは――そいつを活かせてない、テイマーだけだ」
九条の眉が、ぴくり、と動く。
「現に、俺は、ハズレ卵から、ここまで来た。あんたのランクAを、倒すとこまで、な。……このE組の連中も、同じだ。今は、まだ、途中ってだけ」
「証明してみせろよ。その、チビのモグとやらで」
九条が、鼻で笑う。
……売り言葉に、買い言葉、か。
でも、これは――ノノ自身が、決めることだ。
俺は、ノノを見た。
「ノノ。……やるか、やらないか。決めるのは、お前だ」
ノノは、しばらく俯いて。
それから、モグを、ぎゅっと抱きしめて――顔を、上げた。
「……モグ。行ける?」
「モゴォッ」
モグが、力強く、鳴いた。
簡単な、的あての練習だった。
離れた場所に置かれた、木の的。
ふつうの竜なら、正面から、走っていく。
でも、モグは、違った。
ずぼっ。
地面に、潜る。
地中を、まっすぐ進んで――的の、真下から。
ドゴッ!!
いきなり飛び出して、的を、下から突き上げた。
的が、宙高く、跳ね飛ぶ。
……見えない場所からの、奇襲。
まともに防げるやつなんて、そういない。
E組の連中から、おおっ、と声が上がった。
誰より、ノノ自身が、目を丸くしている。
……そうだ。それが、お前と、モグの、力だよ。
「……へえ」
九条が、ぽつり、とつぶやいた。
馬鹿にしていた顔が、ほんの少し、真顔になっていた。
それから、ふん、と鼻を鳴らして、背を向ける。
「……ハズレは、ハズレだ。せいぜい、頑張るんだな」
でも、その去り際の声には。
最初の余裕は、もう、なかった。
九条が消えたあと。
ノノが、モグを、高く抱き上げた。
「モグ! すごい、すごいよ! ……あなた、ハズレなんかじゃ、なかった!」
「モゴー」
モグが、得意げに、短い手足を、ぱたぱたさせる。
E組の連中が、わっと盛り上がる。タケが、俺の背中を、ばんばん叩いた。
「さっすが、ソウマ! やっぱ、おまえに来てもらって、正解だったわ!」
……いや。
俺は、何もしてない。
こいつらの竜が、もともと持ってた力を。ちょっと、隣で、指さしただけだ。
でも――E組のみんなの顔が。
さっきより、ずっと、前を向いてる。
それが、なんだか、たまらなく、嬉しかった。
上のクラスは、才能がすべてで。弱いやつは、切り捨てられる。
鷹宮も、九条も、円城寺も。あの"上"の世界は、どこか、冷たい。
でも、ここには。
この、ハズレ組には、まだ、あったかいものが、残ってる。
……こういうのも、悪くない。
俺が上を目指すのは。てっぺんを、ひっくり返すのは。
きっと、こういう、あったかいものを、守るためでも、あるんだ。
「また来る。……次は、もっと、お前らの竜、化けさせてやるよ」
E組のみんなが、笑った。
その真ん中で、モグが、ずぼっと潜って、また、誰かをびっくりさせていた。
……上等だ。
ハズレ組の逆襲は。きっと、俺だけの話じゃない。
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【あとがき】
第二十二話、読んでくれてありがとうございます!
今回は、ちょっと一息。C組に上がったソウマが、古巣のE組に戻っての、合同練習回です。
主役は、気弱な女の子ノノと、その相棒モグ。土属性で"穴を掘るだけ"の、本人いわく「ハズレ」な竜。でも、掘れる=地中からの奇襲、退路づくり、落とし穴……ソウマの目にかかれば、立派な武器です。「ハズレな竜なんていない。活かせてないテイマーがいるだけだ」――この作品の芯を、まっすぐ言葉にした回でした。
そこへ、昇格戦で敗れた九条が、恨み混じりに横やり。でも、前を向いたノノとモグの奇襲を見て、その余裕は消えました。
上の世界の冷たさと、ハズレ組のあたたかさ。ソウマが「上を目指す理由」も、少しだけ見えてきます。
▼次回予告
束の間の休息は終わり。ソウマの視線は、再び上へ。
上位クラスの強者、そして深まる父の謎――物語は、次の山場へ。
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次回も、お楽しみに!




