第17話 上のクラスと、影
昇格戦に勝った、次の日。
俺は、E組の教室じゃなく、ひとつ上の――D組の教室に、いた。
昇格戦で勝てば、ひとつ上のクラスへ上がれる。
ハズレ組から、ようやく一段。……とはいえ、まだ下から二番目だけどな。
D組の空気は、E組とは、少し違った。
連中の連れているドラゴンも、ひとまわり立派だ。ゴロみたいな、まんまるの岩は、どこにもいない。
そして、俺を見る目も、違った。
E組のときみたいに、あからさまに笑うやつは、いない。
でも、そのぶん――値踏みするような、冷たい視線が、突き刺さる。
「あいつが、天野……」
「E組のくせに、B組の九条を倒したっていう」
「どうせ、まぐれだろ。コネで入ったやつだし」
……はいはい。
E組でも、D組でも、言われることは、そう変わらないな。
ひとり、近くの席のやつが、ちらっと俺を見た。
落ち着いた、涼しげな顔の男子。
「……藤堂だ」
名前だけ、そう名乗って、それきり、また窓の外に目を戻す。
笑いも、突っかかりも、しない。ただ静かに、俺と、足元の三匹を、観察している。
……つかみどころのない、やつだ。かえって、厄介かもしれない。
かわりに、突っかかってきたのは、別のやつだった。
「おい、ハズレ。言っとくけどな。D組は、E組の吹きだまりとは、違うんだ。まぐれで上がってきたやつが、居座れる場所じゃないぞ」
「そうかい。じゃあ、実力で居座るよ」
軽く、受け流す。
……こういうのは、E組で、慣れっこだ。
休み時間。
俺はさっそく、E組のタケのところに、顔を出した。
クラスは離れちまったけど、友達をやめる理由には、ならない。
「よお、D組さま! どうだ、上のクラスは!」
「冷たい視線が、心地いいよ」
「はは! おまえなら、平気だろ」
……ああ。
タケが変わらずにいてくれるのは、正直、助かる。
でも、D組に上がってから、俺の頭には、ずっと引っかかっていることが、あった。
鷹宮の、あの言葉だ。
――あの方に気に入られた者は、これまで何人もいた。その全員が、今どこにいると思う?
……どういう、意味だ。
あの、特別席の逆光の人影。俺を、この学園に呼んだ、"あの人"。
気に入られると、何かが起きる? いいことか。それとも、悪いことか。
その日の放課後。
廊下で、レイを見つけた。
こいつなら、何か知ってるかもしれない。
「レイ。ちょっと、いいか」
「……なによ、D組さん」
軽口だ。でも前より、ずっと、とげがない。
「"あの人"のことだ。気に入られた連中は、今どこにいる? 鷹宮先輩が、意味ありげに言ってた」
レイの表情が、すっと真顔になった。
「……私も、噂でしか知らない」
声を、少し落とす。
「あの人に目をかけられた生徒は、これまでにも、何人かいたって。すごい才能の子たち。……でも、その子たちは、みんな、いつのまにか、学園から消えたの」
「消えた?」
「退学したのか、どこかへ行ったのか。誰も、知らない。ただ――ぱたっと、いなくなる。噂だと、そういうこと」
「何年か前にも、いたらしいわ。特進を、ぶっちぎりで首席だった天才。あの人に目をかけられて……ある日、忽然と消えた。今、どこで何をしてるか、誰も知らない」
背筋が、ひやりとした。
……才能を見込まれた連中が、消える。
それは、いいことなのか。それとも――。
「あなたも、気をつけて」
レイは、それだけ言って、行ってしまった。
その夜。
俺は、家の縁側で、じいちゃんに、思いきって聞いてみた。
「じいちゃん。……"天野"って名前を聞いて、懐かしそうにする人って、心当たり、ある?」
じいちゃんの、湯呑みを持つ手が、一瞬、止まった。
「……なんで、そんなことを聞く」
「試験のとき、その人が、俺を見て――いや、たぶん、父さんを思い出すみたいな、顔をしてたんだ」
じいちゃんは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと口を開く。
「お前の父さんは……昔、蒼空学園でも、指折りのテイマーだった」
初めて、聞く話だった。
「その首輪はな。あいつが初めて授かった相棒に、わしが作って持たせたものだ。あいつは、それをずっと、宝物みたいに大事にしてた」
俺は、思わず、枕元のタマの首輪を、思い浮かべた。
「才能があった。ありすぎた。……だから、"上の人間"に、目をつけられてな。そしてある日――家族を残して、いなくなった。事故だ、と言われてる。だが、わしは今でも、信じちゃいない」
……事故。父さんと、母さんの。
その裏に、何かある。じいちゃんは、そう言いたいんだ。
「ソウマ。強くなるのは、いい。だが……あんまり、目立ちすぎるな。この学園の"上"には、まだ、お前の知らない、深い闇がある」
じいちゃんの目は、本気で、俺を心配していた。
「……じいちゃん」
俺は、まっすぐ、じいちゃんを見た。
「心配は、ありがたい。でも、俺は、逃げも隠れもしない。父さんが消えた理由も。その"上の人間"の正体も。……ぜんぶ、この目で確かめる」
じいちゃんは、しばらく俺を見て――それから、ふっと笑った。
「……ほんと、あいつにそっくりだ」
その一言に、どんな思いが込もっていたのか。
俺には、まだ、分からなかった。
部屋に戻る。
タマが、俺の枕元で、丸くなっていた。
父さんの首輪を、つけたまま。
……父さん。
あんたも、この首輪を、相棒につけてたのか。
そして、才能を見込まれて――消えた。
偶然、なのか。
俺が"あの人"に呼ばれたのも。この首輪が、タマにぴったりだったのも。
考えても、答えは出ない。
でも、ひとつだけ、決めた。
俺は、消えない。
何が待っていようと、こいつらと一緒に、てっぺんまで駆け上がる。そして、全部の謎を、暴いてやる。
タマが、薄目を開けて、「キュルッ」と小さく鳴いた。
まるで、「まかせろ」って言うみたいに。
……ああ。頼りにしてるぜ、相棒。
その、翌朝。
俺の下駄箱に、一通の封筒が、入っていた。
差出人の名前は、ない。
でも、なぜか、分かった。……あの人だ。
中の便箋には、ただ、一行。
『よく勝ったね。近いうちに、会いに行くよ。』
たった、それだけ。
なのに、その一行からは、じわりと、圧がにじみ出ていた。
優しい言葉のはずなのに――逃げ場を、ぜんぶ塞がれたみたいな。
ぞくり、と、鳥肌が立った。
"あの人"が――動き始めた。
……上等だ。
来るなら、来い。
逃げも隠れも、しない。俺は、俺の軍団と、ここにいる。
タマも、ヒノも、ゴロも。……誰にも、消させはしない。
───────
【あとがき】
第十七話、読んでくれてありがとうございます!
昇格して、ひとつ上のD組へ。でも、上に行けば行くほど、風当たりは冷たい――「コネのハズレが、まぐれで勝った」。ソウマの戦いは、勝ってからも続きます。
そして今回は、"あの人"の影が、ぐっと濃くなりました。
気に入られた才能ある生徒は、みんな消えた――というレイの噂話。父さんも、かつて学園指折りのテイマーで、"上の人間"に目をつけられ、いなくなった――というじいちゃんの告白。ソウマが呼ばれたことも、父の首輪も、ぜんぶ偶然なのか?
両親の死の真相、父とあの人の繋がり、天野家の過去。物語の"裏側"が、少しずつ動き出します。
ラストの、差出人のない手紙。……いよいよ、あの人が動きます。
▼次回予告
ついに接触してくる、"あの人"。
その正体は? 目的は? そして、父の過去の、真実は――。
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次回も、お楽しみに!




