第10話 霧の中の一矢
闘技場の中央で、俺とレイは、向かい合った。
距離は、二十メートルってとこか。
観客席には、さっき俺を笑ってた受験生たちが、ずらりと並んでる。
『両者、ドラゴンを開放せよ』
クロガネの、低い声が響いた。
その瞬間。
レイの肩から、青い光が、ぶわっと膨らんだ。
ゴウッ。
小さかったアクアドラゴンが、見る間に、ふくれ上がる。
肩に乗るサイズだったのが、俺の背丈の、ゆうに二倍。青い鱗が、ぬらりと光って、太い首が、ゆっくりとこっちを向いた。
……でかい。
あれが、中型種の、本気のサイズか。
対して、俺の側は。
「タマ、ヒノ。開放だ」
「キュルッ」
「キュキュッ!」
二匹も、ぼうっと光って――ちょっとだけ、大きくなった。
タマは、中型犬くらい。ヒノも、似たようなもん。
……うん。元が小型種だから、こんなもんだ。並ぶと、もう、親と子みたいな差だった。
観客席が、どっと沸く。
「うわ、ちっさ!」
「あれでランクAに挑むのかよ!」
はいはい。笑え笑え。
でも――でかけりゃ勝てる、ってもんじゃない。
俺の頭の中じゃ、もう、計算が始まってる。
相手は、水属性。
ヒノの炎は、水には、ほとんど効かない。うちの主力火力が、一個、潰れてる状態だ。
まともに殴り合えば、レベル23と、7と5。勝てるわけがない。
だから――まともには、やらない。
『はじめ!』
クロガネの号令と同時に、レイが、すっと手を上げた。
「ウォーターランス」
アクアドラゴンが、口を開く。
ゴオッ、と水の槍が、何本も、撃ち出された。
速い。一発一発が、岩でもぶち抜きそうな勢いだ。
「タマ!」
言うより早く、タマは動いてた。
タッ、タッ、タンッ。
水の槍の、間を縫う。
左、右、跳ねて、潜って。一発も、当たらない。
……言っとくが、タマの方が速い、わけじゃない。
素の数字なら、敏捷だって、向こうが上だ。レベルが、違いすぎる。
でも、タマは、小さい。中型のアクアと違って、的がうんと小さい。
それに、ウォーターランスは、まっすぐ撃つ技だ。撃つ前に、軌道は読める。
数字で勝てないなら――当てさせなきゃ、いい。
避けることだけは、こいつの、数少ない武器だ。
観客席が、しん、と静まった。
……お、効いてる効いてる。「当たらない」ってのは、それだけで、相手をいらつかせる。
「へえ」
レイの眉が、ぴくりと動いた。
さっきまでの、余裕の笑みが、ちょっとだけ、引っ込む。
「速いのね。……でも、逃げてるだけじゃ、勝てないわよ」
その通り。逃げるだけじゃ、勝てない。
でも、ここからだ。
アクアドラゴンの水撃で、闘技場の地面は、もう、びしょびしょになってる。
あちこちに、水たまり。足元が、濡れて光ってる。
――これだ。これを待ってた。
「ヒノ! 地面だ! 水たまりに、ありったけ吹け!」
「キュ……アアアッ!」
ゴオオッ!!
ヒノの炎が、水たまりに、叩き込まれる。
ジュウウウッ――!!
その瞬間。
濡れた地面から、もうもうと、白い湯気が立ちのぼった。
炎は水に効かない。けど、水を蒸気に変えることは、できる。
闘技場の中央が、一気に、真っ白な霧に包まれた。
「なっ……!?」
レイの顔が、初めて、はっきり、崩れた。
水属性のアクアは、目がいい。遠くから、水の槍を正確に撃ち込んでくる。
……でも、それは、的が"見えてる"ときの話だ。
この真っ白な蒸気の中じゃ、子トカゲみたいに小さいタマを目で追うのは、まず無理。狙って、撃てない。遠距離型の強みが、丸ごと潰れる。
逆に、こっちは、困らない。
アクアは、でかい。俺の背丈の二倍。低く立ちこめた蒸気から、頭も背中も、はみ出してる。外から見てる俺には、あいつの位置が、丸わかりだ。
それに、タマは、もともと近づいて殴る物理型。細かく狙う必要なんて、ない。あのデカい図体に、まっすぐ突っ込めばいいだけだ。音も、気配も――あれだけの巨体なら、すぐそばまで寄れば、嫌でもわかる。
見えなきゃ狙えないアクアと、見えなくても突っ込めるタマ。
同じ霧の中でも、立場は、まるで逆だった。
炎は、攻撃には使えなかった。でも、目くらましには、最高の一手になる。
使えない手札を別の使い方で活かす。これが、俺の戦い方だ。
「位置は、俺が教える。タマ、まっすぐ突っ込め!」
白い霧の中。
俺の肩から、タマが、消えた。
タンッ――ドガッ!!
タマの姿は、霧に紛れて、見えない。
けど、音は、はっきり聞こえた。
タマの体当たりが、アクアドラゴンの太い首に、突き刺さった音だ。
ギャウッ、と悲鳴。
霧の中で、巨体が、わずかに、よろめいた。
……効いて、はいる。
でも、それだけだ。タマの一撃なんて、ランクAの体力からすりゃ、かすり傷。HPバーは、ほんの少し削れただけ。
わかってる。この一発で倒せるなんて、最初から思っちゃいない。
大事なのは――格上のドラゴンに、うちのタマが、確かに一発、入れたって事実だ。
「……今の、当てたの?」
霧の向こうで、レイの声が、固くなった。
信じられない、って、響きだった。
ハズレと笑われたちびドラゴンが、トップ受験生のドラゴンに、一矢報いた。
観客席は、もう、誰も笑ってない。みんな、息をのんでる。
「――させない」
霧の向こうで、レイの声が、低くなった。
さっきまでの、お遊びの声じゃない。本気の、声だ。
「あなた、思ったより……ずっと、面白い。だから――もう、手は抜かない」
ゴウッ、と風が起きた。
アクアドラゴンが、全身から、水を噴き上げる。
立ちこめてた蒸気が、その水流に、ぜんぶ、押し流された。
霧が、晴れる。
俺の、目くらましが、力ずくで、消された。
「アクア・スパイラル」
アクアドラゴンの周りに、渦巻く、水の竜巻。
それが――まっすぐ、タマめがけて、放たれた。
でかい。さっきの水の槍とは、桁が違う。
軌道を読むも何も、闘技場の半分をまとめて飲み込む規模だ。避ける隙間なんて、どこにもない。
「タマ……!」
間に合わない。
そう思った、瞬間。
「キュッ!」
ヒノが、タマをかばおうと、前に飛び出した。
まずい。二匹まとめて、飲み込まれる――
と、思った、そのとき。
タマが、動いた。
水の渦が触れる、ほんの、コンマ数秒前。
タマは、ヒノの首根っこをくわえたまま、真横に、跳ねた。
渦のふちが、二匹のしっぽをかすめる。
……当たって、ない。ギリギリ、当たって、ない。
……は?
今の、避けた、のか?
あの規模をあのタイミングで? ……普通、無理だろ。
まるで、最初から、当たらないって、決まってたみたいな――
いや。考えるのは、あとだ。
でも、現実は、もう、突きつけられてた。
霧は、晴れた。ヒノの炎は、効かない。タマの体当たりは、かすり傷。
今のは、避けられた。けど、次は、ない。
二匹とも、息が上がってる。次のアクア・スパイラルが来たら、今度こそ、まとめて持っていかれる。
……完敗だ。
手も足も、出てない。最初から、勝ち目なんて、どこにもなかった。
タマが、よろよろと、俺の前に立った。
ボロボロのくせに、まだ、「やる」って顔で、アクアを睨んでる。
……ばか。
お前、もう、立ってるのが、やっとだろ。
ここで、賭けに出ることも、できる。
もう一度ヒノに地面を焼かせて、霧を作って、一か八か。
でも――それで勝てる目は、正直、ない。
あるのは、タマとヒノが、本気のアクア・スパイラルをまともに食らう未来だけだ。
勝てない勝負のために、こいつらを壊すのか?
命を削ってまで、俺を信じてくれてる、こいつらを。
……いや。
それは、ちがう。
「タマ。ヒノ。……もう、いい」
俺は、しゃがんで、二匹を抱き寄せた。
「よくやった。十分すぎるくらいだ」
そして、顔を上げて、まっすぐ、レイを見た。
「――参った。俺の、負けだ」
闘技場が、ざわっと、揺れた。
『……勝者、霧島レイ』
クロガネの、声。
負けた。完敗だった。一回戦で、あっさり。
でも――ひとつだけ。
ハズレのちびドラゴンが、トップのドラゴンに、確かに一発、入れた。
あの一瞬だけは、誰にも、笑わせなかった。
不思議と、悔しさより、それが、誇らしかった。
俺が、タマを抱えて、引き上げようとしたとき。
「ねえ」
レイが、声をかけてきた。
その目から、氷みたいな冷たさが、消えてた。
「あなた、最後まで、戦わせれば、よかったのに。なんで、自分から、やめたの」
「勝てない勝負で、こいつらを壊す意味なんて、ない」
俺は、腕の中の、二匹を見た。
「それに……俺の勝ちは、勝ち負けとは、別のとこにある。こいつらと、最後まで、一緒に立ってること。それで、十分なんだ」
レイは、しばらく、黙ってた。
それから――ふっと、笑った。今度のは、馬鹿にした笑いでも、面白がる笑いでもない。
「……そう。なるほどね」
小さく、つぶやく。
「あの人が、あなたを"面白い"って言った理由、ちょっと、わかった気がする」
「あの人?」
「さあ。それは、まだ、秘密」
レイは、それだけ言って、背を向けた。
……あの人、ねえ。
謎は、増えるばっかりだ。
俺は、タマとヒノを抱えて、闘技場を出る。
すれ違いざま、クロガネが、ぼそりと言った。
「天野ソウマ。……負けたな」
「はい」
「だが――あの発想と、ドラゴンの操作は、見ものだった」
それだけ言って、クロガネは、次の組の名前を呼び始めた。
完敗だった。
けど――ちゃんと、見てもらえた。
……上等だ。
俺の戦いは、まだ、始まったばかりなんだから。
───────
【あとがき】
第十話、読んでくれてありがとうございます!
ついに、初の本格バトル――ソウマ VS レイ!
水属性に、炎は効かない。
なら、その炎で「蒸気」を作って、目くらましにする。
使えないはずの手札を別の使い方で活かす。ソウマらしい、ゲーマーの攻略を書きたかった回でした。
結果は、完敗。
格上のエリート相手に、数字では、手も足も出ませんでした。
でも、蒸気のトリックで一矢報いて、トップ受験生のレイを本気にさせた。そして、勝てないと見るや、ソウマは「こいつらを壊してまで勝つ勝ちはいらない」と、自分から引いた。
クロガネが評価したのは、勝ちかけたからじゃありません。あの発想と、操作です。
そして、最後の最後に、タマが見せた、ありえない回避。
レイの言う、「あの人」。
……この辺は、これから、効いてきます。
▼次回予告
完敗のソウマに、下される、合否は――?
そして、レイの言う「あの人」とは、いったい誰なのか。
物語は、いよいよ、蒼空学園の中へ!
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次回も、お楽しみに!




